深森の帝國§総目次 §物語ノ時空.葉影和歌集 〉「花の影を慕いて」

花の影を慕いて――生の贈与と死の贈与

緑の岸辺、
黒のわだつみ、
遠い日の丘の夕映え、
花の影を慕いて。

虚空遥かに、
水は巡りて、
夜と昼とをおし渡る。

風は吹き抜け、
雲は波立ち、
流転を重ねて幾星霜。

悠久の時の声は、
雪闇に、
幽(かそけ)く閃(ひらめ)く未生の欠片(かけら)、
一片の細雪(ささめゆき)より微かなる、か細き御声。

宿命は生を贈与して、
運命は死を贈与する――

しかしこれら二つのものは、
来し方行く末、
一つの軌道を辿るのだ、
花の影を慕いて。

無限の連関、
星辰の階梯、
はかなきかなや、現世(うつしよ)の、
一期(いちご)の仮面舞踏会。

畢竟、謎は花の影、
雲間より洩る光の如く。

詩歌鑑賞…イメージ元となった詩歌作品など

『エピック』/西脇順三郎(部分抜粋)

・・・・・・
彼らに近づくには
困難な階段を登らなければ
ならない
脳髄は時間と空間を征服する
悪魔の笛の饗宴に
われわれは燕尾服を着た
栗と鶉(うずら)の間をさまよう色の
ネクタイをしめている
・・・・・・
外界と内界が
せせらぎの渦巻のように
混合する
やがてそれがかたまって
アメスィストのように光る
その宝石で舌が切れるまで
それをなめながら
この重い光明と暗黒の世界を
担いで歩く
人間が考えられない
オブジェを発見するのだ
・・・・・・
すべて内面だ
すべて外面だ
内面は外面だ
外面は内面だ
螺旋だけが残る
・・・・・・
ススキの生えた
外面の世界をのぼつて行く
内面はアマラントの影だ
・・・・・・
あの家の前にある
小さい庭は
一万年前の夢だ
永遠は回転しない
時間のロクロは
空間で廻るだけだ
・・・・・・
もめんづるのからむ
藪の路を
青ざめた人間が
通る
人間は果しないものへ
流れて
行く

『生の行路』(ドイツ詩人ヘルダーリン・作/手塚富雄・訳)

もっと偉大なことを求めておまえも昇ろうとした、しかし愛は
私たちすべてを引きもどす。悩みはもっとつよい力で私たちの軌道を下にたわめる。
だが私たちの生の虹が
ふたたび大地に戻るのは意味のないことではない。

昇るにせよ、下るにせよ、物言わぬ自然が
未来の日々を思念のうちに孕んでいる聖なる夜にも、
またはひびきの絶えた冥府にも、
愛のいぶきは吹きかよっているのではないか。

このことをわたしはようやく知った、この世の師たちとはちがって、
万物をたもつおんみら 天上の神々は
わたしの知るかぎり 心して
わたしをみちびいて平坦な道をいかせはしなかったのだ。

天上の神々はいう、人間はすべてのことを試みよ、
そして強い滋養をうけて すべてのことに感謝することを学べ、
そして知れ、自分の望むところを目指して
敢為に出発するおのが自由を と。
Presentiment is that long shadow on the lawn
Indicative that suns go down,
The notice to the startled grass
That darkness is about to pass

予感は芝生の上の長い影
太陽が沈むしるし、
驚いている芝草への通知
暗闇が経過しようとしていることへの…(エミリー・ディキンスン)
ただよひてその掌(て)に死ねといひしかば虚空日月(こくうじつげつ)夢邃(ゆめ-ふか)きかも …山中智恵子

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