深森の帝國§総目次 §物語ノ時空.葉影和歌集 〉「秋雨」

金木犀 ―― 秋霖の夜に

秋の雨は 降りしきる
鳴くや 虫の音 この夜長

秋の夜の 風白き
雲も流れて 見えぬ月

過ぎし萩が枝 つゆしづく
持ちゆく傘に 雨音ゆすれ
香りの調べ 金木犀

誰が袖ふれし 瑞(みづ)の香ぞ
風の息吹きに くゆらせて
いざや 今宵の 語りを聞かむ

小さき花は 道に散り
黄金(こがね)華やぐ その上に
静かに 透(とお)れ 雨の糸

見えぬ月の音(ね) 雲の波
木の影すかす 夜の灯に
何故か しみいる かなしみを
重穂(おもほ)に出でる 花すすき

秋の雨は 降りしきる
いよいよ虫の音 あはれなり
秋の雨は 降りしきる――

解説

――「香を聞く」という言葉があります。

金木犀の香りには、何処か「情景を語る」というような力があり、まさに「香によって語られる秋の情景を聞く」という形になるのでは無いかと思われるのであります。

医学的にも「耳鼻科」という言葉があるように――身体器官の中で、聴覚と嗅覚が同じ器官を共有していると言うのも、興味深い所です。 そして、聴覚と嗅覚は、人体の中では、最も鋭敏な感覚器官だそうです。

古代人は共感覚が優れていたと言われています。かつて、古代人は、嗅覚から聴覚へとつながる「何か」を、確かに感じていたのかも知れません。


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