深森の帝國§総目次 §物語ノ時空.葉影和歌集 〉「刀身」

刀身

いにしえの はるけき 天雲(あめぐも)に舞うたか、
青鈍色(あおにびいろ)の 風切羽。

刃紋は 雲の形をうつして流れ、
刃先は いかづちの光をうつして ひるがえり――

いまは 羽を休める鳥のように、
しずかに 台(うてな)の上に眠れるもの。

内に秘めし玉鋼(たまはがね)が見るのは、
いにしえの蹈鞴(たたら)の夢か、
それとも おのれの選(え)り抜いた
刀匠(たくみ)の、あるいは武士(もののふ)の記憶。

一ツ目の姿せし鉄の神は
……黙(もく)して語らず……

熱く燃える火焔の闇より引き出され、
冷たく凍れる姿は、
いとも くすしく 水をまとい。

荒れ狂う いにしえの夢に
心をかき乱すは 誰(た)ぞ。

あやしくも 神さびたる巨きな禍ツ霊(マガツヒ)が、
たしかに いきづき、渦巻いている……

青鈍色の 風切羽。

刀身、遠き天雲の生き物よ――

解説

日本刀に捧げられた、鎮魂(たましずめ)の呪歌です。

そのかみ、「物(モノ)」というのは、すべて畏怖すべき「物身(モノザネ)」でありました。 ことに、熟練工の手で生み出された高度にして精巧な「モノザネ」には、余りにも強大な霊威が宿るために、 特に鎮魂(たましずめ)の言葉を捧げる事が慣わしとなっていたという事です。

縄文から弥生への移行期、新たなる神、新たなるモノザネとして出現した「鉄」。 灼熱の溶鉱炉や、鍛錬のたびに飛び散る火花を見て、職人の血が騒がぬといったら 嘘になる――記紀神話にも、鉄の物語が多く登場します。

数々の工程を経て、生み出される玉鋼(タマハガネ)――玉鋼(タマハガネ)と、 玉鋼(タマハガネ)を芯に含む日本刀は、 鉄の物語がたどり着いた、ひとつの極北であるとも申せましょう。


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