深森の帝國§総目次 §物語ノ時空.葉影和歌集 〉「枝葉闌曲・秋」

枝葉闌曲/秋の章

|茜さす紫の花露帯びて冴ゆる野の辺に秋は来にけり
あかねさす-むらさきのはな-つゆおびて-さゆるののべに-あきはきにけり

|秋草の軍楽哀し置く露の白きを過ぎて夜明けを巡る
あきくさの-ぐんがくかなし-おくつゆの-しろきをすぎて-よあけをめぐる

|秋暮れて夜の虫の音雲の影長雨せし間に移り行く月
あきくれて-よるのむしのね-くものかげ-ながめせしまに-うつりゆくつき

|秋の風神の色見ゆ冴え冴えと透れるものの影の思ほゆ
あきのかぜ-かみのいろみゆ-さえざえと-とおれるものの-かげのおもほゆ

|秋の暮陽差し斜めに天照らす半ばは紅に半ばは闇に
あきのくれ-ひざしななめに-あまてらす-なかばはあかに-なかばはくらに

|秋深き夜空を刻む冬の星明けくる朝の風の寒さや
あきふかき-よぞらをきざむ-ふゆのほし-あけくるあさの-かぜのさむさや

|鬱々と秋雨重く降り続き紅葉の色も遅れむとぞ聞く
うつうつと-あきさめおもく-ふりつづき-もみじのいろも-おくれむとぞきく

|風立ちぬ生死を分ける煉獄の如き航路に人を問う神
かぜたちぬ-せいしをわける-れんごくの-ごときこうろに-ひとをとうかみ

|風立ちぬ遠き山に日は落ちて映え行く雲よ影の落差よ
かぜたちぬ-とおきやまに-ひはおちて-はえゆくくもよ-かげのらくさよ

|鴨浮び揺ら揺ら首を差し廻り朝の水面に霧立ち昇る
かもうかび-ゆらゆらくびを-さしめぐり-あさのみなもに-きりたちのぼる

|黄金に満つ上古の山々猟師等が心も猛けて森を分け入る
きんにみつ-かみのやまやま-さつをらが-こころもたけて-もりをわけいる

|雲間月薄よ薄風流れ葉鳴の音か否虫の音か
くもまつき-すすきよすすき-かぜながれ-はなりのおとか-いなむしのねか

|金色の穂の波風を突き抜けて悲しきばかり空の青さよ
こんじきの-ほのなみ-かぜを-つきぬけて-かなしきばかり-そらのあおさよ

|仕切りの間日影斜めに入り日差し同じく惜しむ秋の夕暮れ
しきりのま-ひかげななめに-いりひさし-おなじくおしむ-あきのゆうぐれ

|白々と霧も棚引く山之辺に錦織り成す葉の影深し
しらじらと-きりもたなびく-やまのべに-にしきおりなす-はのかげふかし

|田の面を見渡す限り金の波夢幻のアキアカネ飛ぶ
たのおもを-みわたすかぎり-きんのなみ-ゆめまぼろしの-あきあかねとぶ

|月読の光も清けき十五夜に彼の面差しを独り偲べり
つくよみの-ひかりもさやけき-じゅうごやに-かのおもざしを-ひとりしのべり

|天球の地平に近き太陽よ紅葉に映ゆる金の光よ
てんきゅうの-ちへいにちかき-たいようよ-もみじにはゆる-きんのひかりよ

|時移り物も変わりて幾たびの秋ぞ経巡る月を眺める
ときうつり-ものもかわりて-いくたびの-あきぞ-へめぐる-つきをながめる

|季節またぐ空をすがらに雨は降る夜ごと昼ごと冴ゆる白きを
ときまたぐ-そらをすがらに-あめはふる-よごとひるごと-さゆるしろきを

|異国の妖しき祭り浮かれ出て夜の底行く死神の顔
とつくにの-あやしきまつり-うかれでて-よるのそこゆく-しにがみのかお

|亡き人の姿も多き交差点夜を昼としさやぐ者らよ
なきひとの-すがたもおおき-こうさてん-よるをひるとし-さやぐものらよ

|日輪の軌道を分きて風立ちぬ晴朗なれども打つ波高し
にちりんの-きどうをわきて-かぜたちぬ-せいろうなれども-うつなみたかし

|緋縅の鎧の錣解く如く一葉一葉と散り行く楓
ひおどしの-よろいのしころ-とくごとく-ひとはひとはと-ちりゆくかえで

|冷ややかに明かき秋の日雨の色思い出される人の懐かし
ひややかに-あかきあきのひ-あめのいろ-おもいだされる-ひとのなつかし

|古き世の人を見送る鳥の野辺心波立つ秋の夕暮れ
ふるきよの-ひとをみおくる-とりののべ-こころなみだつ-あきのゆうぐれ

|窓と空分かちがたくて仰ぐなり風に震える人の世の秋
まどとそら-わかちがたくて-あおぐなり-かぜにふるえる-ひとのよのあき

|見渡せば竜田の姫の狩の舞秋の夕日に照る山紅葉
みわたせば-たつたのひめの-かりのまい-あきのゆうひに-てるやまもみじ

|美き人の袖と枝垂れる萩の花秋が夜明けに露しどけなく
よきひとの-そでとしだれる-はぎのはな-あきがよあけに-つゆしどけなく


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