深森の帝國§総目次 §物語ノ時空.葉影和歌集 〉「枝葉闌曲・夏」

枝葉闌曲/夏の章

|青嵐きしむ葉影の精霊の言寄す如き風のさやぎよ
あおあらし-きしむはかげの-せいれいの-ことよすごとき-かぜのさやぎよ

|朝顔の上に置く露花色を映して見せよ紙の白きに
あさがおの-うへにおくつゆ-はないろを-うつしてみせよ-かみのしろきに

|朝露の命刻める戦国の世紀を偲び黙せりこの日
あさつゆの-いのちきざめる-せんごくの-せいきをしのび-もくせりこのひ

|東路の科戸の神は竜巻と化りて荒ぶる広き巷に
あづまじの-しなとのかみは-たつまきと-なりてあらぶる-ひろきちまたに

|雨上がり眩き夏の陽の下に影を慕いて横たう墓標
あめあがり-まばゆきなつの-ひのもとに-かげをしたいて-よこたうしるべ

|あやかしの木霊通れる山脈の麓万葉泡立てり夏
あやかしの-こだまとおれる-やまなみの-ふもとまんよう-あわだてりなつ

|荒梅雨よみだれみだれしさみだれの世界は泥の海に呑まれて
あらつゆよ-みだれみだれし-さみだれの-せかいはどろの-うみにのまれて

|海青しさ青なる水に誘われて身を投げ果つる岸辺のその人
うみあおし-さをなるみずに-さそわれて-みをなげはつる-きしべのそのひと

|炎天の叩き落とせる青柿が石路の上に蒸されたる見ゆ
えんてんの-たたきおとせる-あおがきが-いしみちのへに-むされたるみゆ

|彼の園に五月雨なすや藤の花綾紫に光る命よ
かのそのに-さみだれなすや-ふじのはな-あやむらさきに-ひかるいのちよ

|雷は轟き雹は激く降り道を撃ち敷く五月雨乱る
かみなりは-とどろきひょうは-しげくふり-みちをうちしく-さみだれみだる

|葛の葉は魔性の緑ゴルゴンの髪の如くに渦巻き下る
くずのはは-ましょうのみどり-ゴルゴンの-かみのごとくに-うづまきくだる

|暮れなずむ道端に咲く梅雨美人人待ち顔の紫陽花の花
くれなずむ-みちばたにさく-つゆびじん-ひとまちがおの-あじさいのはな

|熒惑の炎荒ぶる夏の夜のあだし心の底の危うさ
けいわくの-ほのおあらぶる-なつのよの-あだしごころの-そこのあやうさ

|木の下の緑の闇を廻れば細き日影のあやしく思ほゆ
このもとの-みどりのやみを-もとおれば-ほそきひかげの-あやしくおもほゆ

|咲き誇る躑躅よ躑躅うら若き乙女の如く明るき花よ
さきほこる-ツツジよツツジ-うらわかき-おとめのごとく-あかるきはなよ

|五月雨は紫陽花の色定めなく闇めく道に降る白き夢
さみだれは-あじさいのいろ-さだめなく-くらめくみちに-ふるしろきゆめ

|五月闇透れる炎響いちめんの妖しきものよと見るばかりなり
さつきやみ-とおれるほゆら-いちめんの-けしきものよと-みるばかりなり

|静かなる水の音辿り影行きて垣間見るなり瀬織の滝を
しづかなる-みづのねたどり-かげゆきて-かいまみるなり-せおりのたきを

|せせらぎに笹舟軽く漂ひて水の彼方の行方知らずも
せせらぎに-ささぶねかるく-ただよひて-みづのかなたの-ゆくへしらずも

|生と死を分かつ陽炎昼過ぎて木下闇はあくまで深し
せいとしを-わかつかげろう-ひるすぎて-このしたやみは-あくまでふかし

|蝉の声蝉の声とぞ思ひける捧げたる灯を持ち往く亡き人
せみのこえ-せみのこえとぞ-おもひける-ささげたるひを-もちゆくなきひと

|その昔幾多の命を過てり夏の鬼らの行方知らずも
そのむかし-いくたのいのちを-あやまてり-なつのおにらの-ゆくへしらずも

|大輪の名残の熱を惜しむべし闇夜に燃えて落つる花火よ
たいりんの-なごりのねつを-おしむべし-やみよにもえて-おつるはなびよ

|耐えがたき暑さぞふれし昼下がり草木も花も萎れ寝入れる
たえがたき-あつさぞふれし-ひるさがり-くさきもはなも-しおれねいれる

|黄昏る湖映しけり夏の宵水面に見ゆる夢の逆夢
たそがれる-うみ-うつしけり-なつのよい-みなもにみゆる-ゆめのさかゆめ

|千早振る神の如くに鳴り響く夏の大雨四方の雷
ちはやふる-かみのごとくに-なりひびく-なつのおおあめ-よものいかづち

|天抜けて雨降り注ぎ土砂崩れ無限にかなし夏の青空
てんぬけて-あめふりそそぎ-どしゃくずれ-むげんにかなし-なつのあおぞら

|夏の海寄せては返る重浪に沈める船の戦後思ほゆ
なつのうみ-よせてはかへる-しきなみに-しずめるふねの-せんごおもほゆ

|夏の夜を更けて風こそ涼しけれすずろに響く鈴の声かな
なつのよを-ふけてかぜこそ-すずしけれ-すずろにひびく-すずのこえかな

|夏夜明け青磁の空の仄暗さ揺らり二重の虹の明るさ
なつよあけ-せいじのそらの-ほのぐらさ-ゆらりふたえの-にじのあかるさ

|南海の雲群動み照り映えて青空高く千里を上る
なんかいの-くもむらどよみ-てりはえて-あおぞらたかく-せんりをのぼる

|陽に討たれ我が隣にて逝きし人去ぬる時は斯くも疾きもの
ひにうたれ-わがとなりにて-ゆきしひと-いぬるときは-かくもときもの

|日を返し輝く海よ白銀の波間に見ゆる船の疾き影
ひをかへし-かがやくうみよ-しろがねの-なみまにみゆる-ふねのときかげ

|不如帰忍び音洩らす夏は来ぬ宿の辺りの蔭ぞゆかしき
ほととぎす-しのびねもらす-なつはきぬ-やどのあたりの-かげぞゆかしき

|真砂なす星に願いを込める夜橋渡せるや天つ白鷺
まさごなす-ほしにねがいを-こめるよる-はしわたせるや-あまつしらさぎ

|紫の色のけやけき桐が花木洩れ日影踏み夏にやなれる
むらさきの-いろのけやけき-きりがはな-こもれび-かげふみ-なつにやなれる

|柔らかに枝垂れ青柳その許にお辞儀交わせりあれは亡き人
やはらかに-しだれあおやぎ-そのもとに-おじぎかわせり-あれはなきひと

|揺ら揺らと陽炎たつみ彼岸花切れて浮きけり花の赤首
ゆらゆらと-かげろうたつみ-ひがんばな-きれてうきけり-はなのあかくび

|烈日の熱の凝れる夕道に幽しく立てるその人誰そ彼
れつじつの-ねつのこごれる-ゆうみちに-あやしくたてる-そのひとたそかれ

|若き日の友の面影緑き野に出づと見る間に青嵐さやぐ
わかきひの-とものおもかげ-あおきのに-いづと見る間に-せいらんさやぐ


§総目次§

深森の帝國