深森の帝國§総目次 §物語ノ時空葉影和歌集 〉「枝葉闌曲・春」

枝葉闌曲/春の章

|青鈍の空よりしきりに降りしきる真白の雪の春日に道行く
あおにびの-そらよりしきりに-ふりしきる-ましろのゆきの-かすがにみちゆく

|嵐来て雨風乱る空になお春とし聞けば咲くやこの花
あらしきて-あめかぜみだる-そらになお-はるとしきけば-さくやこのはな

|幾千の冬の枯れ草渦を巻き春雨に濡れ朽ち行くものよ
いくせんの-ふゆのかれくさ-うづをまき-はるさめにぬれ-くちゆくものよ

|一面の菜の花黄色柔らかに小雨に濡れて匂い輝く
いちめんの-なのはなきいろ-やはらかに-こさめにぬれて-においかがやく

|未だ見ぬ春は巡れり霞立ちさらさら明かし菜種梅雨降る
いまだみぬ-はるはめぐれり-かすみだち-さらさらあかし-なたねつゆふる

|幽き春徘徊れば狂人の水面に映る妖しき面影
おくふかき-はるもとほれば-きょうじんの-みなもにうつる-けしきおもかげ

|君見ずや浅く積む雪振り払う椿の花の赤さ熱さを
きみみずや-あさくつむゆき-ふりはらう-つばきのはなの-あかさあつさを

|蒼天に嵐来たれり群雲の乱るる春の中の淋しさ
そうてんに-あらしきたれり-むらくもの-みだるるはるの-なかのさびしさ

|蒼明の空を渡るや花吹雪春や春とて頬は濡れ行き
そうみょうの-そらをわたるや-はなふぶき-はるやはるとて-ほおはぬれゆき

|褐色の海渡り行く春一番また緑染む早春の岸
かちいろの-うみわたりゆく-はるいちばん-またみどりそむ-そうしゅんのきし

|散る際に明らみ映える楠の老いらく春を道にし思ゆ
ちるきわに-あからみはえる-くすのきの-おいらくはるを-みちにしおぼゆ

|月闌けて山は雪解け轟轟ときつく捩れる練絹の水
つきたけて-やまはゆきどけ-ごうごうと-きつくねじれる-ねりぎぬのみず

|翼駆る白の一列北帰行無限に遠き空の彼方に
つばさかる-しろのいちれつ-ほつきこう-むげんにとおき-そらのかなたに

|地裂けて激く地震ル時区切て春の初めの偲びごとせむ
つちさけて-しげくナヰフル-ときくぎて-はるのはじめの-しのびごとせむ

|遠い日の巌の下に芽吹き萌え幸か不幸か石割桜
とおいひの-いわおのもとに-めぶきもえ-こうかふこうか-いしわりざくら

|雪崩荒らぶる春が来る人を呼び人を呑むなり白き神々
なだれあらぶる-はるがくる-ひとをよび-ひとをのむなり-しろきかみがみ

|波を切り季節分けたり春一番海より来たる神の如くに
なみをきり-きせつわけたり-はるいちばん-うみよりきたる-かみのごとくに

|激しくも降り積む雪か惑へども暦の上の春は近付く
はげしくも-ふりつむゆきか-まどへども-こよみのうえの-はるはちかづく

|斑雪淡く幽けく透き通り地球の空を見れば悲しも
はだれゆき-あわくかそけく-すきとおり-ちきゅうのそらを-みればかなしも

|花風の眩き春を流離いて緑の香野に添えず哀しむ
はなかぜの-まばゆきはるを-さすらいて-みどりのかぐのに-そえずかなしむ

|花吹雪花ぞ散りける千早振ル神も舞い散る嵐の中に
はなふぶき-はなぞちりける-チハヤフル-カミもまいちる-あらしのなかに

|春浅く凍て付く空に疾き風に時化の海にこそ思へかの日
はるあさく-いてつくそらに-ときかぜに-しけのうみにこそ-おもへ-かのひ

|春先の雨降りしきる土の底小さき緑の芽吹ありなむ
はるさきの-あめふりしきる-つちのそこ-ちいさきみどりの-めぶきありなむ

|春の宵桜の花を雨し風と雲とも移り行く季節
はるのよい-さくらのはなを-あめふらし-かぜとくもとも-うつりゆくとき

|春彼岸野辺に匂へる梅が花枝の影もて青空を絶つ
はるひがん-のべににほへる-うめがはな-えだのかげもて-あおぞらをたつ

|春めきて夢見し袖の曙に朧に浮ぶ緑き芽の影
はるめきて-ゆめみしそでの-あけぼのに-おぼろにうかぶ-あおきめのかげ

|春や春髪ふり乱し駆け抜ける涼しき野辺の草の青さよ
はるやはる-かみふりみだし-かけぬける-すずしきのべの-くさのあおさよ

|春や春残雪白し山碧し霞か雲か花の祝祭
はるやはる-ざんせつしろし-やまあおし-かすみかくもか-はなのしゅくさい

|日は浅く真昼なれども影長く春は名のみの風の寒さや《本歌取り/『早春賦』》
ひはあさく-まひるなれども-かげながく-はるはなのみの-かぜのさむさや

|日は高く千早佐保姫比礼を振り嵐は猛る緑の丘に
ひはたかく-ちはや-さほひめ-ひれをふり-あらしはたける-みどりのおかに

|見渡せば今日も昨日も雪の空凍れる湖を解く風いずこ《本歌取り/『早春賦』》
みわたせば-きょうもきのうも-ゆきのそら-こおれるうみを-とくかぜいずこ

|雪解けて土の香りが立ち昇る緑萌え行く春の激しさ
ゆきとけて-つちのかおりが-たちのぼる-みどりもえゆく-はるのはげしさ

|美き人は久しく桜下の身と成れり化して憂傷ぞ花と散らざる
よきひとは-ひさしくおうかの-みとなれり-かしてうらみぞ-はなとちらざる

|若人よ春の旅立ち遠き空名も無き道をひたむきに行け
わこうどよ-はるのたびだち-とおきそら-なもなきみちを-ひたむきにゆけ


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