|あくがれて遠き道行き雨降らし月読川は清かに光る
あくがれて-とおきみちゆき-あめふらし-つくよみかわは-さやかにひかる
|天がける鉄の翼を撃ち落とし地上の炎は誰が為に燃ゆ
あまがける-てつのつばさを-うちおとし-ちじょうのほのおは-たがためにもゆ
|明らけく清けくけやけき幻影を乞うるが故に人は惑へり
あきらけく-さやけくけやけき-げんえいを-こうるがゆゑに-ひとはまどへり
|朝まだき風無き里は薄明の靄を纏いて時に漂う
あさまだき-かぜなきさとは-はくめいの-もやをまといて-ときにただよう
|在りし日の夢も記憶も今いずこすべてを奪い与える海よ
ありしひの-ゆめもきおくも-いまいずこ-すべてをうばい-あたえるうみよ
|何時となく星を戴く黒髪の斑にふりて霜と化る見ゆ
いつとなく-ほしをいただく-くろかみの-はだれにふりて-しもとなるみゆ
|いにしへの巫女の如くに水甕の底を覗けば地球を知らむや
いにしへの-みこのごとくに-みずがめの-そこをのぞけば-ほしをしらむや
|いやましに暗くなりゆく曇り空炎のように蝕のように
いやましに-くらくなりゆく-くもりぞら-ほのおのように-しょくのように
|岩群に夕べの陽差し斜めなり影にも知らむ地球のめぐりを
いわむらに-ゆうべのひざし-ななめなり-かげにもしらむ-ほしのめぐりを
|うき雲よ震雷とおる紺碧の天の八衢さやれるものよ
うきくもよ-しんらいとおる-こんぺきの-あめのやちまた-さやれるものよ
|現世の雲路潮路の敷浪の果てなむ末を知る人ぞ無き
うつしよの-くもぢしおぢの-しきなみの-はてなむすゑを-しるひとぞなき
|現世の輪廻に満てる村雲か切れ間に見ゆる星火の軌跡
うつしよの-りんねにみてる-むらくもか-きれまにみゆる-せいかのきせき
|海時化て神立ち上がる高潮の岸に立つものあやしくも消ゆ
うみしけて-かむたちあがる-たかしおの-きしにたつもの-あやしくもけゆ
|海鳴りぬ鳥は来啼きぬ天が下大地寂静風は吹き敷く
うみなりぬ-とりはきなきぬ-あめがした-だいちじゃくじょう-かぜはふきしく
|海深く玉響かなしと言ふ勿れ水面に宿る星影なれば
うみふかく-たまゆらかなしと-いふなかれ-みなもにやどる-ほしかげなれば
|運命の星が煌く回りながら遥かな宇宙に旅立つを見ゆ
うんめいの-ほしがきらめく-まわりながら-はるかなそらに-たびだつをみゆ
|淡海の海静かなれども空高く夜をゆく雲よ風の速さよ
おうみのうみ-しずかなれども-そらたかく-よをゆくくもよ-かぜのはやさよ
|奥山の道を踏みけむ古の人の姿を暫し偲ばむ
おくやまの-みちをふみけむ-いにしへの-ひとのすがたを-しばししのばむ
|音もせず不知火雨の如く群れ深き闇路に激く星降る
おともせず-しらぬひ・あめの-ごとくむれ-ふかきよみじに-しげくほしふる
|限り有る世の木世の草限り無く祈る言葉に美しさあり
かぎりある-よのきよのくさ-かぎりなく-いのることばに-うつくしさあり
|帰らざる大河の如く交じり合いあやなき闇を荒ぶ神々
かえらざる-たいがのごとく-まじりあい-あやなきやみを-すさぶかみがみ
|限り無く孤独なる星運命の道の影さえ惜しむべきかな
かぎりなく-こどくなるほし-うんめいの-みちのかげさえ-おしむべきかな
|風は荒れ雲に隠れる月の影しきりに木の葉も笛を吹くらむ
かぜはあれ-くもにかくれる-つきのかげ-しきりにこのはも-ふえをふくらむ
|幽きの夢の静寂を見る者よ道標せよ暁闇に
かそけきの-ゆめのしじまを-みるものよ-みちしるべせよ-あかときやみに
|彼方から号砲つづく海鳴りの波路をゆくは御名を継ぐ船
かなたから-ごうほうつづく-うみなりの-なみじをゆくは-みなをつぐふね
|彼の星は妖霊星よ灼熱の響きの中に砕けし星よ
かのほしは-ようれいぼしよ-しゃくねつの-ひびきのなかに-くだけしほしよ
|雷は天地の梯子雨脚は大地の上に射注ぐ矢波
かみなりは-てんちのはしご-あまあしは-だいちのうえに-いそそぐやなみ
|冴え冴えと雲間貫く日の影を振り放け見れば終を見ゆらむ
さえざえと-くもまつらぬく-ひのかげを-ふりさけみれば-ついをみゆらむ
|さばえなすあやしき者らことごとく物を言ふなり電子草々
さばえなす-あやしきものら-ことごとく-ものをいふなり-でんしくさぐさ
|彷徨える旅人多き現葉に時は経巡る宇宙の標を
さまよえる-たびびとおおき-うつしよに-ときはへめぐる-そらのしるべを
|清かなる祈りに祈りを重ね来て大神かかる人のあるらし
さやかなる-いのりにいのりを-かさねきて-おおかみかかる-ひとのあるらし
|白花の清き流れに安らへり振り放け見れば富士の高嶺か
しらはなの-きよきながれに-やすらへり-ふりさけみれば-ふじのたかねか
|荒ぶ世に上がる火の手の多ければ絡め捕られる人の心か
すさぶよに-あがるひのての-おおければ-からめとられる-ひとのこころか
|蒼天の神々の座に日は落ちて夕焼け空を仰ぐその面
そうてんの-かみがみのざに-ひはおちて-ゆうやけぞらを-あおぐそのおも
|黄昏の辻に立つもの見し人は読み出せるや上古の逆夢
たそがれの-つじにたつもの-みしひとは-よみいだせるや-かみのさかゆめ
|ただ独り浅き渚に佇みぬ果てより明くる海のまばゆさ
ただひとり-あさきなぎさに-たたずみぬ-はてよりあくる-うみのまばゆさ
|魂呼ばい掛け声高くなりぬれど虚ろな淵のますます深し
たまよばい-かけごえたかく-なりぬれど-うつろなふちの-ますますふかし
|月影の半ばは赤くまた黒く朧に映ゆる地球照
つきかげの-なかばはあかく-またくろく-おぼろにはゆる-アースシャイン
|津波寄すほろびのあらの動ぐ地に炎の大海我が故郷よ
つなみよす-ほろびのあらの-ゆるぐちに-ほのおのおおうみ-わがふるさとよ
|照り映ゆる青き惑星流れ行く水の輪廻の行方知らずも
てりはゆる-あおきわくせい-ながれゆく-みづのりんねの-ゆくへしらずも
|天球に予兆刻める星くずの黒き軌道を見れば悲しも
てんきゅうに-よちょうきざめる-ほしくずの-くろききどうを-みればかなしも
|天の底瑞の獣の形して地に跳ね上げし叩く雨よ
てんのそこ-みづのけものの-かたちして-つちにはねあげ-したたくあめよ
|遠き日の宇宙に輝く銀の河天の蛇よと語られし日よ
とおきひの-そらにかがやく-ぎんのかわ-てんのへびよと-かたられしひよ
|とこしへに地震ル国土立てる君闇の星より悲しきものを
とこしへに-ナヰフルこくど-たてるきみ-やみのほしより-かなしきものを
|異国の文字笑む紙を根絶す炎となりて燃え尽くす見ゆ
とつくにの-もじえむかみを-こんぜつす-ほのおとなりて-もえつくすみゆ
|鳥辺野を飛び交ふ蝶の白きかな朝散る露の命なりけむ
とりべのを-とびかふちょうの-しろきかな-あさちるつゆの-いのちなりけむ
|流れたる地面の底より足は出で掘れば手も出で目のみぞ醒めつる
ながれたる-じめんのそこより-あしはいで-ほればてもいで-めのみぞさめつる
|西の果て戦ありけり波高し遥かに仰ぐ逆さの星を
にしのはて-いくさありけり-なみたかし-はるかにあおぐ-さかさのほしを
|西日差す夕映え雲の道四辻交わる道を亡き人行く見ゆ
にしびさす-ゆうばえくもの-みちよつじ-まじわるみちを-なきひとゆくみゆ
|根に帰り底に行くも白蝶の風のみ到る雲の八重波
ネにかへり-スクにゆくも-しろちょうの-かぜのみいたる-くものやへなみ
|薔薇色を水面に映す夜明けがた雲のまにまに彩る日影
ばらいろを-みなもにうつす-よあけがた-くものまにまに-いろどるひかげ
|悠かなり遠きわだつみゆく雲か名乗りも上げぬ時の旅人
はるかなり-とおきわだつみ-ゆくくもか-なのりもあげぬ-ときのたびびと
|人思う有為転変の激き世に生きてありせば青き常世を
ひとおもう-ういてんぺんの-しげきよに-いきてありせば-あおきとこよを
|眩くも虚ろに広き青空に君無き日々の始まれるかな
まばゆくも-うつろにひろき-あおぞらに-きみなきひびの-はじまれるかな
|見上げれば日影眩し空青し天の底なす夢深きかも
みあげれば-ひかげまばゆし-そらあおし-てんのそこなす-ゆめふかきかも
|道野辺の色も幽けき夕葉影遠神笑みしいにしへ思ほゆ
みちのべの-いろもかそけき-ゆうはかげ-とおかみえみし-いにしへおもほゆ
|山の間に咆哮を聞けり地は震え足元ひた寄るくらき水の音
やまのまに-うなりをきけり-ちはふるえ-あしもとひたよる-くらきみづのね
|夢見から覚めぬ悪夢ぞ現なれ人は言へりし真昼の底に
ゆめみから-さめぬあくむぞ-うつつなれ-ひとはいへりし-まひるのそこに
|夢見つつ夜ごと記憶を折り返し裂け目も深き海と思へり
ゆめみつつ-よごときおくを-おりかえし-さけめもふかき-うみとおもへり
|夜明け前露地を移ろふ影清しあおげば天の月の明るさ
よあけまえ-ろぢをうつろふ-かげさやし-あおげばあめの-つきのあかるさ
|四次元の天撃つ波のその果てにプラズマ燃える地球磁気圏
よじげんの-てんうつなみの-そのはてに-プラズマもえる-ちきゅうじきけん
|夜深く遥けき空に柱立ついざ野辺送りせむ汝が魂を
よるふかく-はるけきそらに-はしらたつ-いざのべおくり-せむ-ながたまを
|惑星の詩人標す白妙の波路の朝へと言葉のリレーを
わくせいの-うたびとしるす-しろたえの-なみじのあさへと-ことばのリレーを
※谷川俊太郎氏(1931-2024/詩人・翻訳家)の訃報に接し
|災いの後の命のあかき緒のつなぐ玉響かなしと思へば
わざわいの-のちのいのちの-あかきをの-つなぐたまゆら-かなしとおもへば
|大海の八重の潮々まみへては分かるる水の行方知らずも
わだつみの-やゑのしおじお-まみへては-わかるるみづの-ゆくへしらずも