深森の帝國§総目次 §物語ノ傍流 〉瑠璃花敷波19

―瑠璃花敷波―19

part.19「敷波の行方*1」

(1)対決の後のミッシング・リンク(前)
(2)対決の後のミッシング・リンク(後)
(3)移動は捕り物を添えて(前)
(4)移動は捕り物を添えて(後)
(5)捕り物の残りと、その後
(6)表と裏の時系列(前)
(7)表と裏の時系列(中)
(8)表と裏の時系列(後)

*****(1)対決の後のミッシング・リンク(前)

――あ、涼しい風が気持ちいい。

閉じた瞼(まぶた)を透かして、昼日中の陽光の明るさが感じられる。此処、日陰っぽいけど。

えーと。わたし、今まで何してたんだっけ?

確か……金色マント姿の偽クマ族『風のフォルバ』を尾行して。金ピカのフードと一緒に、 『化けの皮』がボロボロに剥がれて、タテガミの無いレオ族『風のサーベル』と分かって。

あれ、えーっと、『風のサーベル』って、何処の誰だったっけ。何だか聞き覚えのある名前なんだけど……

この間、チェルシーさんが獣王国のトップニュース……奴隷貿易の拠点を摘発したというニュースを調べていた。 様々な種族の多くの非合法な奴隷商人たちと共に、そこに居たと言う「レオ族の奴隷商人」の1人が、そんな名前だったような気がする。

ラミアさんの話した昔話だと、レオ帝都の大豪邸に住んでた、大金持ちのアンティーク趣味のレオ大貴族と言うのが、そんな名前だった。 隠れ酒乱体質で、それで、自身のハーレム正妻4人を、流れ《風刃》で皆殺しにしたという大事件を起こしたんだけど、それは秘密扱いになったとか……

それに……わたしって、《変装魔法》に使われている『化けの皮』を剥ぐ方法なんて、知らなかったよね。 誰がやってたのかな。それから、それから――

――そう、ボンヤリしてる場合じゃ無かったよ!

目をパッと開いたけど。

何だか、身体全身が重い。グッタリとしていて、上手く動かせない。それに掛布団が掛かってるけど、これも何だか重い。 焦りながらも、クネクネ、ジタバタしていると。

――あれ、此処って、確か……?

いつだったか、随分と前にも聞いた事のあるような『カシャ』という軽い音が聞こえて来た。おや?

「あら、目が覚めたのね、ルーリー」

涼やかな声と共に、フィリス先生が顔を出して来た。

――え。わたし、あの日を繰り返してる訳じゃ無いよね? グルグル混乱してしまう。『茜離宮』で、確か『雷神』が――

フィリス先生が手を額に当てて来た。ぴと。わお、ヒンヤリして気持ちいい。

「まだ熱が高いわね。もう少し、休んでなさい。野菜スープや果物なら、お腹に入るでしょうから、持って来るわ」

――えーと、それどころじゃ無かったような気がするんですが。

口をパクパクしていると、フィリス先生が「あぁ」と納得したように頷いて来た。訳知り顔に苦笑を浮かべている。

「ルーリーは、あれから高熱を出して寝込んでたのよ。丸々4日間、目が覚めて無かったわ」

――4日間ッ?!

ボエーッとしている内にも、フィリス先生は隣の部屋、つまりディーター先生の研究室に引っ込んで行った。

――そう、此処、いつもの病棟だ。ディーター先生の特別病室。

*****

枕を重ねて半身を起こし、軽い食事をしている間、フィリス先生の説明が続いた。

――わたしは、『茜離宮』大広間の屋上階に広がる空中庭園で、『雷神』こと貴種レオ族『風のサーベル』による《雷撃扇》の攻撃魔法を防衛するため、 最高位の《水の盾》を発動していた。

その後で、4日間も高熱を出していたのは、逆さまに宙づりにされたままという無茶な姿勢で強大な魔法を発動していた事、 体内エーテル許容量の限界ギリギリまで大容量エーテルを扱っていた事が原因だと言う。

ちなみに、あの強力な金エーテル混ざりの最高位の《水の盾》を、あれ程の広範囲で発動すると言うのは、前例が無かったらしい。 充分な体内エーテル許容量に加えて、相当のバランス能力が備わっていないと、なかなか綺麗に発動できないとかで、後で、バーディー師匠が感心してたそうだ。

元々、守護魔法は、攻撃魔法に比べて身体への負担が大きい。 身体そのものは普通に健康なんだけど、強い守護魔法を発動すればする程、その反動で体内エーテル循環が不安定になりやすく、倒れやすい。 病弱な人間と同じくらいのケアが必要になる。

此処に来た最初の日から、わたしには、妙に倒れやすい傾向があった。それで、ディーター先生は少し首を傾げてたそうなんだけど、 わたしが元・サフィールと分かって、その辺は納得したそうだ。

うーん。わたしって、発熱しやすかったり、倒れやすかったりする性質なのか。割と実感したような気がする。気を付けないと。

――そして、『茜離宮』の状況。

今、病室の窓から見える『茜離宮』は、あのシンボルとも言える白い玉ねぎ屋根を乗せた三尖塔が無くなっている。かの『雷神』の破壊的なまでの攻撃魔法のせいだ。

玉座のある大広間の天井は、スッカリ吹き飛んだ。金剛石(アダマント)の梁――骨組みしか残っていない。

今は、城下町の建築業者たちが総出で、衛兵たちや侍女たちと共に、『茜離宮』の片付けと大修理の真っ最中。幸い、壊滅的な被害を受けたのは大広間のある棟だけだ。 とは言え、宮殿の本丸が丸々やられた訳だから、軽微な被害とは、とても言えない。

魔法道具が集結していた割には、死傷者は少なかったそうだ。レオ王ハーレムの水妻ベルディナが発動した《水の盾》の、お蔭だ。 そして、後半は、わたしの《水の盾》が役立った。うん、それは良かったです。頑張った甲斐あった。

金色マントの偽クマ族『風のフォルバ』こと勇者ブランドの闇の魔法道具商人『雷神』こと、その正体はレオ族の非合法の元・奴隷商人『風のサーベル』。

指名手配の賞金首でもある『風のサーベル』なるレオ族の大男は、バーディー師匠が、みごと生け捕りにした。 現在、地下牢の特別室に拘束して、秘密裏に尋問中だ。

この件に関する調査メンバーは、バーディー師匠とアシュリー師匠、それにディーター先生とレルゴさんのみに限定されている。 現場証言の突き合わせの都合で、特別に立ち合いを許されているのは、最後まで現場に居合わせていたクレドさんと、色々と訳知りなネコ族のラステルさんだけだ。

――ウルフ王国の衛兵部署と魔法部署の人々は勿論、レオ帝国の大使や外交官たちが、首を突っ込みたがる筈なんだけど。

大魔法使いの権限をフル活用しているとはいえ、最高権力を持つ面々をキッパリとストップしてのけるなんて、 バーディー師匠、やっぱり、ナニゲにタダ者じゃ無いよね。

ちなみにメルちゃんは、わたしと同じように、2日間、熱を出してブッ倒れていたそうだ。

ほんのわずかだけど、銀色の《雷光》に触れてしまったため、メルちゃんには部分的な記憶喪失が起きていた。 膨大な瓦礫の雨、全裸で哄笑していた変態な『雷神』、銀色の《雷光》を放っていた『黒い扇』しか覚えてないとの事。

――結果としては、それで良かったのかも知れない。10歳の少女には、ハード過ぎるし。

そんな事を、つらつらと思っていると――病室のドアが『ヒュン!』と開いた。

「目ぇ覚めたな、姉貴!」

忍者さながらに駆け込んで来たのは、訓練隊士姿のジントだ。あれ? 何で、わたしが起きたって分かったんだろう。忍者コースだから?

「直接の血縁だから、やっぱり直感で分かるのね。まだ熱が下がって無いから、長い話はダメよ」

フィリス先生が食器を下げながらも、苦笑いでジントをたしなめている。

――直接の血縁だと、何故かピンと来るのか。ウルフ族の不思議な特性に関する知識とか、記憶喪失に伴ってスッポ抜けてる部分、一杯あるみたいだなぁ。

同じ現場に居ただけあって、ジントの続きの説明は、まさにミッシング・リンクの部分を埋める内容だった。

*****

――わたしは、やはり、クレドさんに抱きかかえられたまま朦朧となり、遂に失神していたそうだ。 そして、どんどん熱が上がって行ったから、クレドさんも、ギョッとした顔になっていたと言う。

バーディー師匠は、わたしが形成した《水の盾》をドームのように変形して密閉空間を作り、 レオ族の大男『雷神』が発動した超大型《雷攻撃(エクレール)》に対して乱反射現象を起こして、返り討ちにした。

古代の伝説の最強兵器でもあった《雷撃扇》は、文字通り木っ端みじんとなって砕け散った。 その時に発生した恐るべき轟音と震動は、非常に強大な魔法道具が粉砕した時に発生する、特有の現象だ。

ラピスラズリ色の《水の盾》は、その《雷撃扇》の砕片を内包しつつ、粉々に飛び散った。水に近い性質を持つエーテルだった事もあって、 水玉さながらに振る舞ったため、新たな怪我人の発生は抑えられたと言う。

ただ、《水砲》さながらの威力を伴って飛び散った高速の水玉が多い。運悪くブチ当たった人は、 吹っ飛ばされて骨折しているとか……《雷撃扇》の砕片で穴だらけになるよりは、ずっとまともな結果ではあるけれど。

そう言えば、『雷神』こと『風のサーベル』が黒焦げにしていた、あの哀れな若いレオ族の手下は、幸い、2人とも一命を取り留めたそうだ。良かった。

――『雷神』こと『風のサーベル』は。

なおも復讐の言葉を誓いながら、全裸で逃走を図っていた。

でも、バーディー師匠が《風縄》を素早く合成して、『風のサーベル』をグルグル巻きに縛ったそうだ。ジントもやられた、アレだ。みごとな生け捕りだったんだろう。 やっぱり、バーディー師匠って、タダ者じゃ無い。

間もなくして、ザッカーさんやドワイトさんと言った上級隊士が率いる、熟練の部隊が屋上にやって来た。 かくして、『雷神』こと『風のサーベル』は、レルゴさんの協力もあって、尋常に地下牢につながれたのだった。

あ、そう言えば、『雷神』ことサーベルとの最終的な対決の時、レルゴさんはジントにタックルして、ジントが天井の穴から落っこちるのを助けてくれたんだよね。 あとで、ちゃんと御礼しないと。

*****(2)対決の後のミッシング・リンク(後)

一方で――

ウルフ王国の第二王子リオーダン殿下は、絶命していた。

その死体は、《雷撃扇》による巨大《雷攻撃(エクレール)》の直撃によって黒焦げになっていて、金剛石(アダマント)の梁に焼き付けられていた。

リオーダン殿下が、クレドさんを盾にして、『雷神』の《雷攻撃(エクレール)》を軽減しようとしてたのは、ホントだった。でも、計算違いが起きていたのだ。

以前にジントが手先巧みにコピーしてスリ変えていた、『偽・ルーリーお手製の髪紐』の気まぐれが、引き金だった。 コピー品だから、本物とは違って、守護魔法陣の効果は一時的にしか続かない。その守護魔法の効果が、まさに切れたタイミングだった。 偽・髪紐は、既に炭化していて、原形の名残すら留めていない。

つまり、いつだったかの、地下水路での『雷神』の捨てゼリフ通り。

リオーダン殿下は、『雷神』による満を持しての銀色の《雷攻撃(エクレール)》で、あっけなく絶命した――と言う形になってしまったのだ。

*****

途中からは、やはり疲れが大きくなったので、横になりながらジントの話に耳を傾ける形になった。

――ジントも、メルちゃんに負けず劣らず、弾丸トークが上手だね……

リオーダン殿下が、ウルフ王国の側の、これまでの内乱じみた騒動の黒幕だった――という事実は、大変な衝撃をもって受け止められたそうだ。

一方で、ヴァイロス殿下は、かねてからリオーダン殿下の性格の中にある、ある種の狭量さを何となく感じ取っていたらしい。余り驚いてなかったそうだ。

少年時代の頃、リオーダン殿下は、意外に良い太刀筋を見せて来た格下の者たちを、『何だかムカつく』という理由だけで、過剰に打ち据える傾向があったと言う。 模擬剣闘と言う形で、わざわざ相手役として標的を指名し、リオーダン殿下に心酔する少年たちをけし掛けて、闇討ちさながらに襲い掛かり、重傷を負わせる事も少なくなかった。

――元々、リオーダン殿下は、イジメを好む性格だったようだ。

人の足を引っ張ってでも自身を高みに置きたがる――少年時代の頃、ヴァイロス殿下にも同じ傾向はあったらしいんだけど、 或る日、急に「気付き」があったと言う。老師の指導の影響があったのかも知れない。

でも、自分自身でハッキリと気付いて、選択と行動を変えると言うのは、なかなか普通には出来ない事だ。それこそ《アルス・マグナ》の領域。

そのままズルズルと気付かないふりをして、他人を引きずり降ろす事で相対的に自身を高みに置いている方が、普通の人にとっては、ずっと自然で楽。 リオーダン殿下にも「気付き」そのものはあったんだろうけど、それは結局、自身を変える方向には、結び付かなかったと言う訳だ。 ますます高価な魔法道具に依存し続けた、シャンゼリンと同じ。

一部の宮廷貴族、つまり第二王子リオーダン殿下の派閥を構成していたグループは、すぐさま『無関係』を主張しつつ、散り散りになったと言う。 リオーダン殿下は、充分な実力はあったけど、人望が無かったという事なのだろう。

ヴァイロス殿下って、最初の印象がアレだったせいもあって、直情的で怒りっぽい性格の人物だと思っていたんだけど。

さすがに第一王子の地位を獲得し、安定した支持を維持し続けているという、非凡な貴公子だ。 脳みその中は、ナニゲに食えない性質だったみたい。ザッカーさんやクレドさんと、何故か気が合う筈だよ。

リオーダン殿下の公務室や私室は、徹底的に捜索された。

クローゼットに下がっていた手持ちの紺色マントのうち、一着の留め具が壊れているのが見つかった。 その留め具の欠損部分の形は、いつだったか、ジントが証拠物件として提出していたマントの留め具の破片と、完全に一致したと言う。

――地下水路で『雷神』と秘密会合していた、『クレドさん似の謎の隊士』は、やはり、リオーダン殿下だったのだ。

幾つかの証拠は、既に隠滅されていて残っていなかったけど、非合法の多数の《変装魔法》道具が見つかった。充分に、犯罪に問えるレベル。 そして、リオーダン殿下がマーロウさんの弱味をガッチリ握っていて、それでマーロウさんを脅迫し、手先として使役していたと言う証拠も見つかった。

更にリオーダン殿下が宣言した通り、財務部署の方で、非合法の金融魔法陣データが上がって来た。しかも、あくどい事に、匿名通報と言う形で。

非合法の金融魔法陣に記されていた取引商品名は、『天国と地獄』。アルセーニア姫の殺害に関わった毒物『モンスター毒の濃縮エキス』の、取引用の隠語だ。 そこには確かに、クレドさんの《魔法署名》が、刻印されていた。

既に、『茜離宮』の上級魔法使いたちは、今は亡きシャンゼリンの偽の《魔法署名》にしてやられた経験があったから、 非合法の金融魔法陣データに刻印されていた《魔法署名》のカラクリは、即座に暴かれた。

問題の、非合法の金融魔法陣データに刻印されていた、クレドさんの《魔法署名》には――闇ギルドの或る種の魔法道具でもって《魔法署名》を偽造したので無ければ有り得ない、 特徴的なエーテル・パターンが検出できたそうだ。

――ジルベルト閣下とアレクシアさんは、今のところ沈黙を守っていて何も言ってないそうだけど、ホッとしたんじゃ無いかなと思う。

今は亡きシャンゼリンは、確かに問題のあり過ぎる人物だった。でも、この分野での魔法使いたちの経験度を上昇させたと言う意味では、意外に役立ってくれたみたい。

目下、ピンク・キャットなラステルさんの協力で『ミラクル☆ハート☆ラブ』に潜入調査員が入っていて、 アルセーニア姫の殺害に関わった毒物『モンスター毒の濃縮エキス』を扱った、密輸業者の割り出しと捕り物が進んでいる。 こちらは、あの琥珀色の毛髪のウルフ貴公子ジェイダンさんが関わっている領域だ。

ターゲットは、黒毛イヌ族の密輸業者、通名『大魔王』。マーロウさんと『天国と地獄』商品の大型取引をしていた人物。 表向き、方々の風俗街で非合法の媚薬入り香水瓶を扱っている業者だから、『ミラクル☆ハート☆ラブ』に現れる機会も多いそうだし、案外、近いうちに御用になりそうだ。

*****

「最後に、もうひとつ――決定的な事だけどよ、姉貴」

ジントが思わせぶりな口調になった。何?

「いつだったか、中央病棟の図書室の方でさ、昔の発掘コピー資料図版のページが切り取られてたって、気にしてたじゃん。あれ、誰がやったか、分かったよ」

――ホント?

「おぅ。リオーダンだったんだ。あの紛失したページには、中世の『茜離宮』の地下水路の記録図解があったんだよ。リオーダンの私室から丸々出て来た。 バッチリ、『王妃の中庭』への侵入経路に、チェックがされてたぜ」

わお。ホントに決定的な証拠だね。ビックリしちゃう。

ジントは灰褐色のウルフ耳をシャカシャカとやり、キュッと眉根をしかめながらも、推察を語り続けた。

――こうして見ると、訓練隊士姿が板について来ているなと感心してしまう。充分に涼しくなったせいなんだろう、今の隊士服は、ちゃんとした長袖だ。

「思うに、あのコーナーは普段から人が閲覧しない本が並んでるから、長い間、誰も気づかなかったんだな。 リオーダンがこの計画を思いついたのは、図書室の利用記録からすると、ヴァイロスと第一王子の地位を争った剣技武闘会の直後らしい。 第一王子なら『王妃の中庭』に立ち入る機会も多いからな、何かの好機に、ヒョイッと事故死を装ってヴァイロスを暗殺する事を企んでたに違いねぇ」

――成る程。

リオーダン殿下は、数年間、地下水路マップを眺めていて、実際に地下水路にも入っていた。そうして、 ヴァイロス殿下の暗殺計画を温めている内に――資料に無い秘密の地下水路も存在する事に、気付いたに違いない。

ジントが使っていた、三番水の機械仕掛けの噴水は、ジントの母親も使っていたコソ泥ルートと交差していた。リオーダン殿下は、そのポイントを割り出して、 ジントの母親と接触し、更なる地下水路の秘密を手に入れたのだ。闇ギルドとの秘密取引にも利用できる、絶好のロケーションを。

――もし、リオーダン殿下の計画が、すべて成功していたら、将来は、どんな風になっていたのだろう。 『殿下』としての手腕はあった訳だから、政治や外交とかの方は、問題は無かったんだろうけど……さすがに、ちょっと想像できない。

そんな事を思いながらも。

わたしは、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。勝手に眠ってしまってゴメンね、ジント……

*****(3)移動は捕り物を添えて(前)

翌日、わたしの熱が、やっと下がった。

まだ少しフラフラしていて貧血っぽい感じがするけれど、歩ける事は歩ける。

季節は確実に移り変わっていた。特に、山に近い高地の辺りは、黄色や赤の鮮やかな波が広がっている。 真夏の時とは違って陽光は柔らかい感じだけど、昼夜の気温差が大きいお蔭なのか、紅葉の鮮やかさにはビックリさせられる。

あと1カ月もしたら、雪を見る事になるらしい。夏の離宮たる『茜離宮』は、避暑地な場所にあるから冬は早いし、 いったん、気温変化のパターンが変わると油断できないそうだ。

特に大吹雪に見舞われる厳冬期と、『雷電シーズン』とが同期すると、多くの人が普通に生活する事は、絶対に出来ない。 厳しいサバイバル訓練を受けた冒険者や隊士でも無い限り、厳冬期に『茜離宮』周辺に留まっている事は、自殺行為でもある。

平地でも初雪を観測し始めたら、ウルフ宮廷は、レオ帝都に近い場所にある、南方の飛び地に移る予定との事。 そこに、本来のウルフ王宮がある。まさに民族移動。

その間『茜離宮』は、魔法で封印された状態になる。城下町も同様、大雪と雷電に備えて建築が分解されて更地になる。 家具は民族移動と共に運搬され、基礎建材は地下に安置される。

――道理で、やたらと頑丈な、モンスターの重量にも耐えられるような地下水路になっている筈だよ! 入り口は狭かったけど、 内部空間は妙にスペースがあったし!

クマ王国の夏の離宮も、北方の大地にあると言う。冬になると、クマ王国の宮廷も、レオ帝都に近い場所に移動するそうだ。

何故かと言うと、レオ帝都の周辺が、特に気象パターンが安定している土地だからだ。夏場はさすがに暑いし、冬の積雪も少しあるけど、 『雷電シーズン』に伴う落雷が、それ程ひどくならない――という、絶好の土地。

冬の間は、自然に、レオ帝都の辺りが獣王国諸国の中心というようなロケーションになる。 諸王国の宮廷が、ほぼ一ヶ所に――レオ帝都の周辺に――集中して来るから、冬季は、獣王国の国際社交シーズンでもある。

レオ帝国が、獣王国の盟主を自称する筈だよ。

――『茜離宮』の三尖塔は、当然だけど、まだ復活していない。 厳冬期は完全に工事がストップすると言うし、10年近い工事になると言うから、気の長い話になりそうだ。

*****

フィリス先生に「飲みなさい」と言われて、いつだったかの苦い薬湯を飲まされた。体内のエーテル循環と血流を同時に整える成分が入ってるそうだ。 道理で、最初に此処に来た頃、繰り返し飲まされていたな……と納得だ。

傍で見ていたジントが、あからさまに「げぇ」という顔をした。

ジントも、『雷神』との対決の後、《雷光》の影響でフラフラしていて、苦い薬湯を飲まされたそうなんだけど、いっぺんで嫌いになったと言う。 霊験あらたかな数種類の薬草の根が材料で、幾つかはスパイスにも使われていて、美味らしい。それなのに、こんな風味になると言うのが不思議だ。

ディーター先生がわたしの脈をとり、いたずらっぽい、ニヤリとした顔になった。

「ふむ。明日には退院して、遁走できるな」

――遁走?

「実はな。この病棟の周りには、有力貴族が自前で雇っている私設スパイが、ウヨウヨしているんだ。 『雷神』を自称していた、あの不良レオ族の配下と思しき残党も、総合エントランスの方から入り込んで来ているらしい」

――ほえぇ?! 何で、そんな事に?!

口をパクパクしていると、ジントが灰褐色のウルフ耳を、呆れたようにクルリと動かした。

「大広間のスッポ抜けた天井から、ラピスラズリ色の《水の盾》を目撃したヤツが何人も居るんだぜ。 大広間に来てたレオ族の水妻ベルディナが《水の盾》なもんだから、ベルディナ原因説が半々な状況だけどさ」

――情報封鎖はしてあるけれど、勘の良い魔法道具の業者も、有力者も、たくさん居るという訳。ひえぇ。

それだけの強烈な《盾魔法》を発動した魔法使いは、間違いなく体調を崩して倒れていると推測できる。その辺りの知識を持っている人物なら、 一定以上の設備が揃った病棟に搬送されていると、予想も出来る筈だ。

野望を持つ有力貴族や反社会的勢力の連中にとっては、まさに《水の盾》の身柄を確保、あるいは拉致する好機。

――そう言えば、アシュリー師匠が、守護魔法を使える人材は少ないから貴重、とか言ってたっけ。魔法使いのレベルも、守護魔法の強さを基準にして決める。 身辺ガードが厳重であるかどうかは、一定以上の地位と立場を持つ者なら、誰でも気にするところなのだろう。

ディーター先生が、半透明のプレートをつつきながら説明を再開した。

「今のところはバーディー師匠の《防音&隠蔽魔法陣》で何とか持っているが、あと3日くらいが限界だろう。元々、病棟は《隠蔽》の類が掛かりにくいように出来ているんだ。 脱走患者を発見しやすいようにな」

そう言って、ディーター先生は、ジントを意味深な目でチラリと見やった。

コソ泥なジントは、ギョッとした顔になっている。心当たり、有り過ぎるらしい。ジントなら、ベッドを抜け出して、変な事やりかねないからなぁ。

「とにかくな、病棟の周りに怪しげなヤツが集まり過ぎている。『雷神』こと『風のサーベル』が白状した内容は、ルーリーも知りたいだろう――元・サフィールとして、 知る権利もあるしな。退院を兼ねて別の場に移動し、改めて話をする事になっている」

――ふむふむ。

「退院先は、リクハルド閣下の館だ。『茜離宮』外苑の大貴族の街区にあって、王宮に準じる警備レベルだから、落ち着いて話が出来るだろう。 ルーリーは、そのまま、リクハルド閣下の館に滞在する事になるしな」

――ほえぇ?! 確か、元・第三王子な人ですよね、リクハルド閣下って……?!

「あぁ、言ってなかったかな? リクハルド閣下が、ルーリーの身元保証を務める保護者だから当然じゃないかね。 今は亡きシャンゼリンが、実の姉として色々やらかした後だから、その辺は微妙だろうが……ルーリーなら大丈夫だろう。 現に、このジント君は、既にリクハルド閣下の館に馴染んだからな」

――わたしが目が覚めなかった4日間の間、色々あったみたい。お手間、掛けます……

*****

翌日、朝食を済ませ、出発予定時間に合わせて、身の回りの物をまとめてスタンバイしていると――

病室のドアが、音を立てずに開いて閉じた。

――ぎょっ?!

次の瞬間、膝をさらわれ、視点が高くなる。ぎゃあ。

気配は勿論、足音も分からなかったし、余りにも急だったから、姿すら目撃できなかった。 思わずジタバタしていると、隊士の紺色マントが『バサッ』と掛けられ――あの滑らかな声音がウルフ耳に詰め込まれたのだった。

「驚かせて済みません。行き先は変わりませんが、行程が変わりました」

――クレドさんッ?!

そう言えば、リオーダン殿下に『ガツン』とやられた右肩は、痛くないんですか?!

わたし割とドジだから、あの銀色の《雷攻撃(エクレール)》も、直撃を引き受けるどころか、自分からおびき寄せる結果になっちゃったし!

それから、それから――

クレドさんは、いつものように静謐な表情のままだったけど、わたしの百面相をチラリと見るなり、おかしそうに口の端に笑みを浮かべて来た。ドッキリ。

「後で話す機会はありますから。今は、つかまっていて下さい」

その瞬間にも、廊下の方から数人ほどの重い足音が――明らかに男たちの足音が――聞こえて来た。殺気を感じると言うレベルでは無いけれど、 剣呑な気配をもって、疾走しているかのような……

クレドさんとわたしが、ディーター先生の研究室に移動するが早いか、病室側の入り口のドアが『バタン』と開いた。

仕切りのドアは、いつの間にか閉じている。

クレドさん、早い……?!

「ヤツは何処だ?!」
「まだ遠くへ行って無い筈だ、探せ!」
「そっちのドアだ!」

――ぎょっ。ディーター先生の声じゃ無い。知らない男の人たちの声だ。

クレドさんは、わたしを片腕抱っこしたまま、驚くほど滑らかな身のこなしで、研究室と緑地の仕切りとなっている大窓から手前の緑地へと降りて行った。 忍者さながらに、さっさかと樹林に入り、外苑へと駆けて行く。

この数日の間に、空気は既に秋の物になっていた。抜けるような青空の下、涼しい空気は、冷たさを増している。 紺色マントと言うワンクッションが無ければ、一瞬、ブルッとしたかも知れない。

わたしは訳も分からず、今は長袖な隊士服をまとうクレドさんの肩に、ギュッとしがみつくのみだ。心臓が勝手にドキドキし始める。

「ルーリーの退院日の情報が洩れました。 総合エントランスの方から、送迎担当を装った私設スパイが侵入して――ディーター先生とフィリス先生が気付いて、 渡り廊下の前で食い止めましたが、一部の工作員が押し込んで来た訳です」

――ひえぇ?! 私設スパイで工作員って?!

緑の樹林が流れるように飛び去って行った。いつの間にか、あの病棟エリアの外れのルーリエ噴水に到着だ。

ルーリエ種の噴水広場を成す石畳に、クレドさんが足を踏み入れる。見覚えのある、あの置き石の後ろから、やはり見た事のある灰褐色の子狼が『ピョコン』と現れた。

――あれ? ジント?!

思わず口をパカッと開けていると、灰褐色の子狼は舌を出して笑い、得意そうな様子でウルフ尾を『ヒュン』と振って来た。やっぱりジントだ。

(片方は、予想通り『風のサーベル』の残党だけど、もう一方はジョニエルの手下が混ざってたぜ。リオーダンとジョニエル、やっぱり裏の関係があったな)

――どういう事?

脳みそをグルグルしている間にも――クレドさんは、わたしを抱っこしたまま、再び駆け出した。あっと言う間に全力疾走スピードだ。ひえぇ!

視点が高くて気分がおかしくなるから、いつだったかのように、クレドさんの肩に後ろ向きにつかまって、後方を眺める格好になる。

灰褐色の子狼なジントが、クレドさんの後をピッタリ付いて来ていた。

その更に後ろから、病室に押し込んでいたと思しき一団が、追っかけて来ている。 全員が全員、何故か人相を隠す覆面をしている。しかも、目と鼻と口だけ穴を開けてある、いかにも『ヒャッハーな』怪しげな覆面だ。

やがて、丘の標高が少し下がった所で、覆面男たちの一団が、「ワッ」と言いながら次々に転び始めた。ジントが、何らかの足止めの罠を仕掛けていたようだ。

かねてから潜んでいたらしい――紺色マントをまとうウルフ隊士の一団が不意に現れて、その覆面男たちの一団に、一斉に飛び掛かる。 意外に本格的な戦闘というか、捕り物が繰り広げられているようだ。

丘をひとつ越えて、緑の樹林をふたつばかり抜けた後。

「野狼(ヤロウ)! 行かせん!」

右後方の植え込みから、ダミ声を上げながら、大柄な獣人が飛び出した。 見るからにガラの良くない、『ナンチャッテ暴走族トロピカルなキラキラ&ヒラヒラ』を裸の上に直接まとったクマ族だ。何でクマ族?!

クマ族のチンピラは《地霊相》生まれだったようで、かなり大振りな《石礫》が降り注いでくる。ぎょっ。

クレドさんが『警棒』を振った。

一陣の《風縄》が飛び出し、クマ族の足に絡みつく。あれ、確かバーディー師匠がやってた、捕縛用の魔法だよね。

想定外の不意打ちを食らったらしいクマ族のチンピラは、文字通り、疾走の勢いのまま、トロピカルなヒラヒラをなびかせて空を飛んだ。 口をポカンと開けつつ、緑の芝草の上で転げ落ちながらも、ボン、ボンとバウンドし始める――

野の上に、縦にも横にもふくよかな人型(クマ型?)の穴が出来て行った。

(ヒャッホゥ! ヤツまで釣れるとは思わなかったぜ!)

子狼なジントが疾走しながらも、ちょっと飛び跳ねた。

――思い出した!

あのクマ族の『ナンチャッテ暴走族トロピカルなキラキラ&ヒラヒラ』、 確か『ミラクル☆ハート☆ラブ』で、金髪イヌ族の不良プータローなチャンスさんと、 怪しげな取引してた男だ! 非合法な金融魔法陣のボードを交換して……!

*****(4)移動は捕り物を添えて(後)

次の樹林に差し掛かったところで、クレドさんが少し足を緩めた。

明らかに、ハッキリと眉根を寄せた困惑顔をして、わたしをジッと見ている。何ですか?

「ルーリーは、とんでもない人物と当たる傾向があるみたいですね。 彼はクマ王家の後継者争いに絡んで、重鎮メンバーの連続暗殺を遂行した前科があって、クマ王国では高額の賞金首とされている非合法の冒険者です」

どっひゃーっ!

ジントが、ヒュンヒュンとウルフ尾を振りながら、子狼っぽく、キャンキャンと声を上げた。

『クマ王国に突き出して、賞金ゲットすりゃ良いじゃんか。『茜離宮』の修理費になるぜ』

*****

以降の行程は、あっさりと済んだ。

確かに、残りの工作員らしきグループによる襲撃に遭遇してはいたんだけど、クレドさんが返り討ちにした。まさに薙ぎ倒すって感じで。 さすが、第一王子の親衛隊メンバーの実力。

かくして。

クレドさんは、わたしを片腕抱っこしたまま、目的地に着いた。ジントは早くも『人体』に戻っている。

――『茜離宮』門前町の一角、重役の邸宅が並ぶ街区。

ロイヤルな場に準じる所だけあって、『茜離宮』と同じ意匠の厳重なゲートに守られているエリアだ。クレドさんは顔パスだ。 ジントも顔馴染みとなっていたようで、既に顔パスの状態。わたしについては、『クレドさんが身柄を管理している状態』とも言えるお蔭か、特に検問無しでゲート通過できた。

各邸宅は、更に、金属製の魔法の防護柵に守られていた。《監視魔法》もセットされている。スゴイ。そうしたストリートの各所に、ウルフ王国の衛兵の姿をチラホラと見かける。

庭園は、それぞれの邸宅ごとに趣向が異なるけれど、生成り色の壁はトーンが統一されている。城下町の色とりどりな町並みとは違って、カッチリと統一された印象。 まさに高級住宅街とか、そんな感じの街区だ。

貴公子や令嬢が外出している――といった姿がチラホラあって、彼等は、シッカリと自前の護衛を引き連れていた。 『護衛』じゃ無くて明らかに『従者』というのもあるけど、スゴイ。

立派な角を曲がると、まさに『引っ越しの途中』と言う邸宅があった。邸宅ゲート前に、多くの荷物を載せた台車が並んでいる。業者たちが口々に合図を交わしながら、 荷物を邸宅に運び込んでいるところだ。何だろう?

わたしが首を傾げていると、ジントがニヤニヤしながら口を開いた。

「あそこ、第三王子の候補の邸宅なんだ。自称・第三王子の候補者のジョニエルが追い出されて、代わりの候補が入ってるって訳さ」
「代わりの候補?」
「聞いて驚くなよ、あの『地のドワイト』だぜ」

――何ですと?!

記憶がピコーンと閃いたよ。『王妃の中庭』で、わたしとジントを逮捕した、あの四角四面な上級隊士! ウルフ国王陛下の親衛隊メンバーとか言ってたけど……!

でも改めて考えてみると、親衛隊メンバーだと重役の仕事を間近で見る機会も多い筈だ。実力主義というスタイルから言っても、ナニゲに後継者候補が多く混ざっているのだろう。

クレドさんが、『耳撫で』して来た。あ。ウルフ耳、ピシッと固まってたっけ。

「先日、地下牢に放り込んだ件については、直接リクハルド閣下に謝罪が行きました。その後で地下牢で起きた『非常事態』については、 特殊な事情が含まれる事になったため、バーディー師匠とアシュリー師匠の手が入って、情報封鎖の扱いになっています。ですから、ルーリーは驚いても、何も言わないように」

――はぁ。そうですか。まぁ、今までもそういう感じだったし、それで上手に収まると言うのであれば……

「あら、クレド。しばらくぶりじゃ無いの」

――ぎょっ。アンネリエ嬢?!

あの『お見事』と言うべき金髪の縦ロール巻の御令嬢が、『如何にも奇遇だわ』という顔つきで、目の前に居た。お出掛けの際に、引っ越し作業の見物に寄ったという感じ。

アンネリエ嬢は、引っ越し中の邸宅を眺めて「フフン」と嘲笑する。

「あの純金なだけの無能の変態『水のジョニエル』、遂に次席の候補者に追いつかれて、候補者レースから転落した訳ね。いい気味。 よりによって魔法道具の業界のパーティーと言う日に、国宝級の《盾持ち》たる、か弱い、あたくしを拉致誘拐して、地下牢に監禁して、 不埒にも牢内で新品の魔法道具の実験と称して、大型の《雷攻撃(エクレール)》を向けて来た報いだわ」

――あの純金な長髪をフサッフサッと揺らしていた、ジョニエルさん。

ジントに、ボーイズ・ラブの愛でもって迫っていた不良青年……アンネリエ嬢を拉致誘拐して、おまけに地下牢に連れ込もうとしていたのか。 おまけに、地下牢で大型の《雷攻撃(エクレール)》。ホントに、謎の変態だったんだなぁ。

――あれ? でも、魔法道具の業界のパーティーが、あった日?

その日、ジョニエルさんは地下牢に居なかった気がするんだけど。

それに……アンネリエ嬢は、自分の意思で、地下牢に来ていた筈だ。

地下牢で、あの大型の、悪夢の《雷攻撃(エクレール)》を発動したのだって……

こっそりと、ジントを見てみる。

ジントは、肩をプルプル震わせていた。笑いを我慢してるところらしい。口元を『への字』にしているのに、目の端に笑い涙が来てるから、変な顔。

改めて見てみると、アンネリエ嬢は、護衛を引き連れているところだ。いずれも美形な貴公子風の、8人ほどの男たち。いずれも自前で雇っている護衛なんだろう。 半数は訓練された動作だけど、何となく隊士っぽく無いから、どちらかというと従者かも。

相当数の護衛と従者に取り巻かれているせいなのか、アンネリエ嬢は高飛車な態度ながらも、余裕綽々といった雰囲気だ。

アンネリエ嬢は、わたしをジロジロと見上げた後、護衛の1人をどついて、片腕抱っこするように命令した。命令された方の美形な護衛さんは、 『お嬢様のお気に召すままに』と言った風ながらも、罰ゲームに当たったかのように、目が死んでいる。

美形な随行員のうち1人は、侍女と思しき中年女性なんだけど。処置なしと言った風で、控えている。アンネリエ嬢は、すべてにおいて、こういう振る舞いであるらしい。

……他の護衛さんも、アンネリエ嬢に見えないところで溜息をつき交わしているけれど、大丈夫かな……

同じ目線どころか、体格の違いで『上から目線』になったアンネリエ嬢は、「フフン」と攻撃的な笑みを見せて来た。

「これは、また貧相な小娘じゃ無いの。『偏屈リクハルド』が引き取る事になった『噂の娘』ってのが、コレとはねぇ。 クレド、お役目がイヤになったら、いつでも戻ってきて良いのよ。いつか、国宝級の《盾持ち》たる、あたくしの傍に立つと言う栄誉だって、無くは無いのだからね」

――やっぱり、何か変だ。

アンネリエ嬢は『わたしと初めて会った』と言わんばかりの、態度だ。

恐れ多くも、リクハルド閣下が、わたしを引き取る事になった……と言うのも、まぁ、外から見たら、そう言える状況なのかも知れないけど。 しかも、『噂のナニガシ』……って、わたしって、どんな噂になってるの?

わたしが首を傾げている内に――

アンネリエ嬢と取り巻きは、『茜離宮』の方へと歩み去って行った。アンネリエ嬢は王族の1人という話だったし、昼食やティータイムを、『茜離宮』の方でやるのだろう。

アンネリエ嬢と取り巻きの一団が、充分に離れた所へと移動するや、ジントが大きく身を折って、「プハッ」と息をついた。ほとんど、吹き出し笑いだ。

「今、『紫金(しこん)のキーラと、今は亡きリクハルド閣下夫人サフィールは、同一人物』って噂が出回ってるんだ。社交界でも『公然の秘密』って言うか、公認状態なんだよ」

――公然の秘密で、そのうえ、公認状態?

「それに、ヒゲ爺さんの《暗示》のせいで、あの爆弾女は、姉貴と初対面した時の事も、地下牢の出来事も覚えてねぇ。 あそこまで完璧に《暗示》に掛かってるなんてさ、よっぽど、自分でも塗り替えたい記憶だったんだな」

――思い出したよ!

いつだったか、ラウンジの個室の方で、ジルベルト閣下とリクハルド閣下が陰謀してた内容! ジルベルト閣下夫人アレクシアさんが協力して、 情報を流すとか、どうとかって……あれ、この事だったの?!

わたしは、ポカンとする余り、口をパカッと開けるのみだ。

――それに、地下牢を血の海にする所だった、あの《火》の《雷攻撃(エクレール)》――特殊な意味で情報封鎖の扱いになってて、 バーディー師匠とアシュリー師匠が介入している……って、そういう事……!

クレドさんが再び歩き始めた。安全圏に入ったからと言う事もあるのか、ゆったりとした歩みだ。 ジントが、訳知り顔で、チョコチョコと付いて来る。

「ルーリーは、リクハルド閣下の失踪した奥方の、実の娘と言う事になっています。 偶然ながら、2人とも同じ《霊相》生まれで外見も似ていた。社交界では、驚きはあっても疑念は出ていない状況です。 《宿命図》においても、若干の食い違いはあるものの、同一人物と判定されうるレベルまで似通っていたそうです」

――ほえぇ?!

偶然なんだけど、キーラの《宿命図》を記録したタイミングが関係していたと言う。

キーラは、その時、レオ帝都にある『風のサーベル』の豪邸で、流血事件を起こした直後だった。 レオ族の貴種にして大貴族『風のサーベル』と一騎打ちする形になって、《風刃》でやられたうえ、重傷だった。

貴種の攻撃魔法をモロに受けていた物だから、《宿命図》構造が乱れるレベルの被害があった――《宿命図》が若干、変形していたタイミングだったそうなのだ。

詳しい事は専門的な内容になるから省略するけれど、身体が攻撃魔法から回復するまでの間だけ、まったくの他人同士の筈の《宿命図》が、一時的に似通うケースがある。 条件が極めて限定されるから、稀な出来事ではあるものの……

たまたま、キーラと失踪奥方の《宿命図》の場合、その難しい条件を満たしてしまっていた節があると言う。

――偶然なのか、必然なのか、判断に迷うところだなぁ。

リクハルド閣下の失踪奥方がキーラになったとか、本当に同一人物だったとか――なんて事、有る訳、無いよね。

クレドさんが、思案深げに呟いて来た。

「戦国乱世だった古代の頃から、私生児やご落胤という話が無かった訳ではありません。2人は、同じ先祖を持っていたのかも知れないですね」

――紫金(しこん)の毛髪という部分は、確かに一致しているのだ。

リクハルド閣下が言及した内容を考える限り、2人の紫金(しこん)のウルフ女は、偶然とは思えないくらいに似ていたそうだし。

遠い過去に、そういう事情があったのだとしたら、何となく納得は出来るかも……

*****(5)捕り物の残りと、その後

さすが、元・第三王子なリクハルド閣下というのか、邸宅は、随分と奥の方にあった。

頑丈な邸宅ゲート。その奥に見える、カッチリとしていながらも瀟洒な印象の邸宅。

これまでに通り過ぎて来た邸宅と同様、直接の血縁から成る数家族の他、親しい客人も数人くらいなら滞在できると思えるような、或る程度の余裕が窺える。 中庭スペースも、余裕で持っていそうな感じだ。

「ヒョオオ!」

ジントが、いきなり『シュバッ!』と飛びすさった。何?!

クレドさんが一瞬、動いた。拳骨らしき『ガツン』という音がしたけど、目にも留まらぬ謎の動きだったから、クレドさんが何をしたのか、良く分からない。

気が付くと、大柄な体格の主が1人ばかり、『ズザァッ』とばかりに弾き飛ばされて行くのが見えた。クレドさんの、謎の体術を食らったらしい。

続いて、物騒な長剣が石畳に転がった。如何にも重そうな『ガシャン、ガラン』という音が響く。

たった今しがた、石畳の上に、純金の毛髪まみれになって大の字に転倒した、ウルフ族の男性と思しき人物は……

「――確か、ジョニ……(ムグッ)」

わたしの名指しは、クレドさんの手で塞がれていた。

ビックリして、クレドさんを見ると。

クレドさんの方は、ジョニエルさんの不意打ちの登場を予期していたのか、既に目が据わっているみたいだ。

――ジョニエルさんの方は、派手に吹っ飛ばされて転倒しただけで、特にダメージは無かったらしい。

ムクリと起き上がったジョニエルさん、何故か、そのまま『ピシリ』と固まっている。

――相変わらず、腰まである純金な金髪が、お見事だ。フリル&レース満載なドレスシャツ姿。 ドレスシャツの大きく開いた胸元からは、胸毛ビッシリのムキムキの、やはり、お見事な筋肉が見える。

あれ、ジョニエルさん、何だか顔色が悪いみたいですが……?

クレドさんが、ジョニエルさんを『上から目線』で見据えつつ、硬い声音で指摘し始めた。

「病棟に押し込んで来た工作員の一部に、ジョニエル殿の手先が混ざっていた。 リクハルド閣下の邸宅に直接出入りできる最高位の眷属と言う立場を利用して、ルーリーの退院日の情報を漏洩したのは、ジョニエル殿で間違いないな。 しかも不注意に情報を漏洩したから、『風のサーベル』の残党も、余計なクマ族も察知して、介入して来た」

――な、何ですと?!

まさに図星だったのか、ジョニエルさんは口を引きつらせた。

「ふざけた言い掛かりだな、クレド! たかが第五王子の後継者の末席が!」

クレドさんの後ろに引っ込んでいたジントが、ピョコンと顔を出して、アカンベェをしながら突っ込む。

「その末席に、天下の公道で不意打ちを仕掛けたくせに、あっさりと素手で吹っ飛ばされた、てめぇは何なんだよ」

ジントの当意即妙な煽りを受けて、ジョニエルさんは激怒の余りか、絶句しながらも全身を震わせている。他人を怒らせるの上手だね、ジント……

いつの間にか、鋭いウルフ耳ゆえに目下の騒動に気が付いたのか、周囲の邸宅の窓が全開の状態だ。 興味津々な視線が、あちこちから降り注いで来ている。うわぁあ。見世物じゃ無いと思うんだけど。

そして、遂にリクハルド閣下が、護衛と従者と思しき2人を脇に控えつつ、邸宅ゲート前に姿を現したのだった。

公道にへたり込んだままだったジョニエルさんが、純金なウルフ尾ごと『ビョン!』と飛び上がる。

ジョニエルさんは一見してガラの悪いチンピラ風の雰囲気なんだけど、見るからに貴種の血筋だし、さすが貴種と言うべきなのか、恵まれた身体能力だ。

リクハルド閣下は眉根を寄せ、ことさらに冷えさびた声音で、ジョニエルさんに声を掛けた。

「水のジョニエル君。たった今、『茜離宮』付属・王立治療院に詰めている衛兵から連絡があった。不法侵入罪の容疑で身柄拘束した、拉致誘拐専門の工作員の数名が、 情報提供者としてジョニエルを名指ししている。申し開きのため、速やかに衛兵の詰所へ出頭せよとの事だ。当然、応じるだろうな」

ジョニエルさんは、ハイスピードで顔を赤青しながらも、逃走の構えだったんだけど――

次の瞬間、ジョニエルさんは、純金な長髪を派手に振り乱しながら、再び転倒していたのだった。路上にパパッと展開した、黒い檻の如き《拘束魔法陣》に捕捉されている。ビックリ。

リクハルド閣下の傍に控えていた護衛さんが、『魔法の杖』を構えていた。護衛さんを良く見ると、灰色スカーフをまとっている。『下級魔法使い資格』持ちだ。さすがプロ。

そして、そのまま、ジョニエルさんは、護衛さんの展開した《拘束魔法陣》に引きずられる形で、街区ゲートへと連行されて行ったのだった。

*****

リクハルド閣下の、もう1人の従者は、包帯巻き巻きのミイラ姿だった。

包帯巻き巻きのミイラ姿な頭部とお尻の箇所から、陰影を帯びた金色のウルフ耳とウルフ尾が見えている。金狼種。

クレドさんに降ろしてもらって、膝を折って一礼すると――包帯巻き巻きのミイラさんは、シッカリとした社交界仕込みの所作でもって、 ピシリと腰を折って丁重な一礼を返して来た。

「お初にお目に掛かります、水のルーリエ嬢。私はリクハルド閣下の眷属の代表であり、目下、執事を務めております」

――何と、あの拷問レベル《雷攻撃(エクレール)》仕掛けの、『雷神』からの脅迫状を最初に受け取って開封していた、執事さん!

そ、その節は、わたしのせいで、何だか色々、命に関わるレベルの、ご迷惑をおかけしたような……

わたしが絶句していると、リクハルド閣下がチラリと執事に目をやりながらも、肩をすくめて苦笑いをして来た。

「幸い、半月もすれば、包帯は取れるそうだ。ジョニエルが属する眷属の主席に代わって第一位の後継者に繰り上がった形だが、ヤツよりは、少なくとも能力はある」

――うーむ。ウルフ族の内部事情、色々と複雑だなぁ。

ちなみに、ジョニエルさん、第二王子だったリオーダン殿下とは、少し遠いながらシッカリと従兄弟の関係があるのだそうだ。

道理で、リオーダン殿下とジョニエルさん、裏で繋がりがある筈だ。2人の間で、使い回している工作員メンバーも、共通していたんだろう。

親世代の基準で見れば、ジョニエルさんの方が血統上の地位は高い。ウルフ王国が実力主義じゃ無かったら、ジョニエルさんは、第一王子の地位にあっても不思議じゃない立場。 リオーダン殿下の事を、『リオーダン』と呼び捨てにしていたのも、納得という所だ。

リクハルド閣下の邸宅に入ると、包帯巻き巻きのミイラな執事さんの奥さんだという、薄茶色の毛髪のウルフ女性が現れた。よろしくです。

執事夫妻は、いったん、わたしが滞在する事になる個室へと案内しながらも、簡単な自己紹介をして来た。

今は亡きリクハルド閣下夫人『風のサフィール』の実家に当たる眷属の、今の主席夫妻でもある。 特に包帯巻き巻きのミイラな執事さんは、系統を同じくする血縁と言う事もあって、リクハルド閣下夫人だった『サフィール』の事は、小さい頃から良く知っていると言う。

――もしかして……と思ったんだけど、やっぱり、かの紫金(しこん)のキーラが不意に姿を消す、きっかけとなった人々だった。 『サフィールと良く似ている』と、キーラに声を掛けていたとか……

執事さんも、奥さんも、当時、まさか、こんな結果になるとは思わなくて非常に焦ったそうなんだけど。

原因は誰にも分からないし、わたしにしても、特に何も言う事は無い。回り回って、こういう結果になったのも、何らかの運命が働いたと言う事なのだろう。

そして、わたしはシッカリ混血顔をしてるんだけど――れっきとした他人の子孫なのだけど、予想以上に、今は亡きリクハルド閣下夫人の血縁だと感じられるそうだ。

クレドさんが言ったように、遠い過去の或る時期、2人の紫金(しこん)のウルフ女は、本当に同じ先祖から分かれていたらしい。 実際、そういう事実があった事を窺わせる記録が、存在していた。不思議な事だと思う。

*****

昼食後。

先生がたが、リクハルド閣下の邸宅にやって来た。ちょうど、ティータイムの時間帯だ。

バーディー師匠とアシュリー師匠は、すっかり事情を承知している様子で、面白そうな顔で、わたしの頭を撫でて来た。

一方、ディーター先生とフィリス先生は、訳知り顔で苦笑いをしている。病棟に押し入って来たと言う拉致誘拐の専門の工作員たち、よっぽど奇妙な白状をして来たに違いない。 ジョニエルさんを名指しするくらいだし。

更に、貴族同士の表敬訪問という形で、新たにリクハルド閣下の邸宅を訪れて来た客人が2人。

お客さんの方は、想像した通り、ジルベルト閣下と、閣下夫人アレクシアさんだった。

アレクシアさんは相変わらず、ツヤツヤとした亜麻色の毛髪をした、上品で物静かな淑女と言う風だ。 でも、頭の中身は、相当に策士で、『煮ても焼いても食えぬ』というタイプなんじゃ無いかと思う。

わたしが、希代の悪女として名を挙げた、かのシャンゼリンの妹だと言うのは事実なんだよね。顔立ちの系統からしても、明々白々だそうだし。 その血縁関係からして、わたしが再び、『ヴァイロス殿下の暗殺者の一味』として疑われる事になるのは必至だったんだけど。

その事実と可能性を踏まえながらも。

アレクシアさんは、『今は亡きリクハルド閣下夫人と、キーラは同一人物らしい』という新たな爆弾を宮廷社交界に投下して、 かき回してのけた。

問題の2人のウルフ女性が《宿命図》レベルでも似ていたとか、色々な補完的な要素があったにしても。 あのアンネリエ嬢までが、ワンクッションを置くまでに説得されたという結果が、信じられない。

――ジルベルト閣下やディーター先生やバーディー師匠と同じくらい、それどころか、それ以上に、敵に回しちゃいけないのが、アレクシアさんのような気がする。

*****(6)表と裏の時系列(前)

リクハルド閣下の邸宅の、中庭に面した茶室で、秘密会談となった。

バーディー師匠が、最高位の《防音&隠蔽魔法陣》を展開する。相変わらず見事な手並みだ。

次に、かのタテガミの無いレオ族『風のサーベル』が白状した内容を記録したと言う、『3次元・記録球』がスピンを始めた。

ちょうど、空いている椅子の上に映像が再生されたものだから、そこで『風のサーベル』が胡坐を組んで白状している――という格好になったのだった。

*****

タテガミの無い――『タテガミ完全刈り込み』の刑を受けた年配のレオ族、 非合法の奴隷商人『風のサーベル』は、これぞ典型的な貴種レオ族の大貴族、というべき人物だ。 リクハルド閣下より少し年上。でも、ほとんど同年代と言える。

死刑囚が着用する濃灰色の拘束衣をまといつつ、鎖付きの首輪でもって、地下牢につながれているところなんだけど。 金茶色の華麗なタテガミが正常に残っていれば、現レオ皇帝と言われても不思議じゃない程の迫力だっただろう。

その人相は、非合法の奴隷商人ならではの物か、凶悪な表情に歪んでいる。でも、若かりし頃の面影を確かに残している。剛毅さと色気を兼ね備えた、凛々しい顔立ち。 年を重ねた今は、リクハルド閣下とも似通う重厚さが加わっていて、一層、威風堂々と言った風だ。

実際に若い頃は、今の老レオ皇帝と、皇帝の座を争う程の、高位のレオ王子だったそうだ。

レオ王に繰り上がる時に、『風のサーベル』は、正妻4人と側室3人を不当に扱った件で、候補から外されたと言う。 ネコ族に対するヘイトスピーチの件と言い、正妻4人を皆殺しにした件と言い、とっても納得できてしまう。

サーベルの起こした女性問題などの数々のスキャンダルは、その巨大な特権でもって秘密裏の内に処理されていたから、 部外者たちは何も知らない状態だったそうなんだけど――

――クレドさんの《暴風刃》で、クマ族の振りをするための『化けの皮』を含めて、全裸にされ。

バーディー師匠による返り討ちで、苦労してパーツを集めてのけた最終兵器《雷撃扇》を木っ端みじんにされ。

それでもなお。

何処から、これ程に意気が湧いて来るのかと不思議になるくらい、獰猛とすら言えるエネルギーに――権力欲に満ち溢れている。 ギラギラとした両眼の表情を見る限りでは、正常な権力欲と言うよりは、むしろ、怨念に近い物なのかも知れないけど。

『あの黒毛のウルフ男2人を、まとめて此処へ連れて来い! リオーダンとクレドをな! この私を十重二十重(とえはたえ)に騙すとは、返す返すも不逞な輩。 せめてもの慈悲として、一太刀のもとに、きゃつらの首を、胴体から切り離してくれよう』

その威厳タップリの大音声の後、『風のサーベル』は、驚くべき真相を語り始めた。

*****

――元々、レオ大貴族『風のサーベル』の裏の顔は、非合法の奴隷商人だ。闇ギルドにおける顔は広い。

かつて、『奴隷妻』としていた紫金(しこん)のウルフ女『風のキーラ』が関わる流血スキャンダルは、隠密裏に処理されていた。

当時、4人の正妻を殺害したのはサーベル自身だったという事実も、都合よく捻じ曲げられた。

4人の正妻を殺害したのは、闇ギルドのウルフ女『風のキーラ』だと言う事になった。『他種族から来たハーレム妻』と言う立場をわきまえず、 サーベルを愛し独占したいと思う余り勝手に嫉妬に狂って、サーベルの4人の正妻を殺した事になっていた。

サーベルは、純然たる被害者の顔をする事が出来たのだ。

そう言う訳で、サーベルは、レオ帝宮に日常的に出入りする堂々たる大貴族の1人として、 レオ帝国の上層部の秘密情報を入手できる特権的な立場を維持し続けていた。

当然、ウルフ族出身の《水の盾》サフィールが、レオ皇帝の後宮ハーレムの都に献上されて来たと言う事実も、最初からつかんでいた。

その後、サフィールが急にノイローゼになったという事実も、 ウルフ王国から派遣されて来ていた使節がサフィールを表敬訪問しているという事実も、既に承知の上だった。

使節のウルフ少年たちが、何処の何者なのかという身元情報も入手できた。 どのルートを辿って訪問して来て、帰路がどのルートになるのかと言う、些細な情報までも。

当時、使節として派遣されて来ていた2人のウルフ少年たちは、 いずれも将来、宮廷の貴公子となるのは確実な、高位の少年たちだった。ますます、好都合。

サーベルの陰謀の数々――ウルフ貴公子たちの取り込み作戦は、 《水の盾》サフィール・レヴィア・イージスお手製の『道中安全の護符』の買い取りから始まった。

その不正な取引記録でもって、ウルフ貴公子な『クレド(正体はリオーダン殿下だったけど)』の弱みを握ったサーベルは、 恐喝を繰り返して、ウルフ王国の中に、非合法の魔法道具の取引のルートを築いて行ったのだ。

初期の取引品は、紛失しても不思議じゃ無い品、関与しても余り罪の意識を覚えない品である。魔法文書フレーム、魔法の砂時計、魔除けの魔法陣。 そして、《雷電シーズン》やモンスター対応の、魔法加工済みの窓ガラスなど。

かくして横領品の取引実績は、瞬く間に巨額となった。

リオーダン殿下は、『殿下』コースを駆け上がって行く有力な貴公子の1人として、使命感に燃えているところがあった。 第二王子として『殿下』称号を得た後は、いっそう、その傾向が強まった。

いつしか。

『ウルフ王国の更なる強国化のために、《水の盾》サフィールをウルフ王国に取り戻したいだろう? もっともっと、金を稼がんとなぁ?』

そう誘い掛け続ける『風のサーベル』の罠に、ウルフ貴公子は、ガッチリとハマって行った。

――サーベルにしても、王子の地位に興味が無さそうに見える『クレド』が、何故に、あんなに誘いに上手くハマったのか首を傾げる所があったのだが。 今にして、正体が『リオーダン殿下』と分かってみれば、実に実に、納得するばかりだ。

数年のうちに、元々実力のあったリオーダン殿下は、『風のサーベル』流と言うべき、恐喝を伴う引き込みスタイルを瞬く間に学習していた。 そして、同じ手法でもって、ウルフ貴公子マーロウや、ジョニエルと言った、闇取引の手先を作って行った。サーベルの計算通りに。

リオーダン殿下が手先を引き入れる際の口上には、常に『混血ウルフ族である現ウルフ国王陛下の不正行為を暴く』という、御大層な名目が付いて回った。

思慮に富んでいた筈の、かつては『殿下』コースにもあった年長者の貴公子マーロウが、ズブズブと引き込まれて行ったのは、それが理由だ。 人間は、信じたいものしか信じないし、見たいものしか見ない。堕ちれば堕ちるほど、そうなる。

昔に行なわれていた三番水の噴水の不正工事にしても、実際に関与したのは別の一族なのだが、 たまたま現ウルフ国王の遠縁が含まれていた。それをもって、貴公子マーロウは、不正工事に主体的に関与したのは、現ウルフ国王の関係者だと断じていた。

こうして、ウルフ王国の上層部にまで食い込む、闇ギルドの取引ルートが完成した。

風のサーベルの、もうひとつの顔、『勇者ブランド』魔法道具を扱う闇商人としての権勢は、いっそう強化した。

そこへ、新しく加わって来たのが――シャンゼリンだ。元々は、高額な魔法道具を次々に買っていく、上得意の客の1人だった。

シャンゼリンは純粋な闇ギルド育ちだった。それだけに、変にお高くとまったリオーダン殿下やマーロウ、ジョニエルと言った面々よりも、 よほど血に飢えており、肝も据わっていて、サーベルの仲間として優秀だった。

シャンゼリンは、サーベルの直属の手先として、指示に応じて、ウルフ王族や重鎮メンバーの全員に、バーサーク襲撃を仕掛け始めた。 それは、『闇取引のブツをもっと寄越せ』という、サーベルからの脅迫メッセージ代わりにもなった。 その結果、ウルフ王国がどうなろうが、シャンゼリンにとっては、どうでも良い事。

――やがて。

シャンゼリンが、暇を見ては『闘獣』の《召喚》を繰り返している事に、サーベルは気付いた。

さすがに、シャンゼリンは、レオ族でもあるサーベルを警戒して、詳細を明らかにしなかったのだが。

闇ギルドのツテを辿って、主だった闘獣マーケット業者を幾つか回っただけで、サーベルは、その『闘獣』の存在を確信する事が出来た。

その『闘獣』の、異様なまでに高い生存率――

相当に強い《護符》を身に着けているか、或いは、そのくらいのレベルの守護魔法を使えるか――だ。

奴隷クラスでしか無い『闘獣』の私有財産は、ほぼゼロである――と言う事実を踏まえれば、間違いなく守護魔法使いだと推察できる。 そして実際に、《防壁》の類の守護魔法を使っているらしいと言うヒントが、幾つも浮かび上がって来た。

それだけの情報が入手できれば、サーベルには充分だった。そもそも、『飼い主』付きの闘獣は、存在自体、珍しいのだから。

驚くほど強い守護魔法を使う、ウルフ闘獣。しかも、確実に、未婚の若いメス。 消息を絶ったタイミング。その後に、何故か急に手応えがよみがえったタイミング。その正体は……

――何をおいても、入手するべき商品だ。そして『調教』次第によっては、もしかしたら、もしかすれば……

サーベルは、レオ大貴族としての表の顔と、闇ギルドの商人としての裏の顔を、縦横に駆使した。

かねてからツテのあった、竜人が属する闇ギルドに、高性能かつ強力な、魔法の拘束具の製作を依頼した。 物理的な戦闘能力の高い『獣体』では無く、より抑えの利く『人体』に拘束しておく拘束具を。 しかも、魔法感覚や日常魔法をすべて封印する、呪いの機能付きだ。

必要なのは、強い守護魔法の能力だけ。それ以外の、魔法感覚や、攻撃魔法を含む日常魔法と言った能力などは、余計な要素でしか無い。

それと同時並行して、あらゆる可能性を潰すべく、片っ端からウルフ族のメスの『闘獣』を入手し、《紐付き金融魔法陣》の有無をチェックし続けた。 そして、調査済みの印の代わりに『奴隷の烙印』を胸の中央に焼き付け、奴隷マーケットに捨てて行った。

中には、人体に戻すと美麗な少女も居た。 驚くべきことに、下級モンスター・毒ゴキブリへの『闘獣』独特の『過剰驚鳴』症候群の延長として、 下級レベル《防壁/魔物シールド》を発動できる少女も、少ないながら居たのだ。

実戦レベルの《防壁》魔法の能力を示した少女たちは、ちょっとした隙に逃げ出されないように死刑囚用の拘束衣で拘束し、 『奴隷妻』の候補要員として、魔法道具の倉庫の毒ゴキブリ対策用として、ハーレムに閉じ込めておいた。

そうしておいて、《盟約》や《予約》が可能な年齢に達した少女たちから、順番に、媚薬や非合法な『花房』魔法道具でもって『奴隷妻』とし、 強制的に『宝珠メリット』を捧げさせたのだった。

*****(7)表と裏の時系列(中)

――かつての奴隷妻だった『風のキーラ』ほどに強い『宝珠メリット』には、出会う事は出来なかったが。

強制的な『宝珠メリット』効果が失われると共に、『奴隷妻』としての賞味期限が尽きる。

サーベルは、『奴隷妻』賞味期限が尽きたウルフ少女たちを、奴隷マーケットに捨てて行くと言う事を繰り返した。 『使用済み』の印として、むごたらしい『奴隷の烙印』を、胸の中央に焼き付けたうえで。

さすがに、その悪辣非道ぶりが、他の奴隷商人たちの機嫌を徹底的に損ねる事になった。

そもそも『宝珠メリット』持ちの若いウルフ女――特に媚薬に反応しやすい未婚のウルフ女は、高く売れるのだ。それを次々に『媚薬漬け』にされ、 むごたらしいまでの『奴隷の烙印』を胸の中央に刻んだ、いわば『キズ物』にされては、たまらない。

いわゆる『媚薬中毒』がひどくなればなる程、危険な程に強い効果を持つ媚薬で無いと反応しなくなる。強烈な媚薬は、バーサーク化につながりやすい。 目の前でバーサーク化された場合、自分が殺される前に、自衛のために殺さなければならない。『宝珠メリット』どころでは無いのだ。

かつてはビジネス仲間だった奴隷商人たちからの、そろっての裏切り。

すなわち、匿名の集団通報によって。

遂に『風のサーベル』は、前々から『マーケット荒らし』が問題視されていた卑劣極まる奴隷商人たちと共に、 老レオ皇帝の名の下、お縄になった。そして、『タテガミ完全刈り込み』の憂き目にあった。

自業自得のゆえなのだが。サーベルは、そう受け取らなかった。

――裏切った奴隷商人たちには、まとめて、倍返しレベルどころでは無い、超絶的なまでの報復をしてくれる。

――最も高貴なる大貴族として名を連ねる自分に、 『タテガミ完全刈り込み』などと言う最大の屈辱を味わわせてくれた老レオ皇帝には、特に、最大限の絶望を与えてやる。

前々から、強大な《雷攻撃(エクレール)》使いとして名を馳せていた『雷神』こと、サーベル。

そのサーベルの手元には、方々の古代遺跡から出土した品をまとめた、大型の《雷撃扇》があった。 ただし、35橋。古文書によれば、36橋が揃った時に、地上最強と言うべき完全な武器となる事が分かっていたが――

――完全な《雷撃扇》では無いから、大型モンスターを倒すレベルの《雷攻撃(エクレール)》しか発動できない。 愛用している古代の《宝玉杖》と変わらない威力。

ウルフ王国『茜離宮』が、アルセーニア姫の急死を受けて、揺れていた頃。

タテガミの無いレオ族と化した『風のサーベル』は、目のくらむような大金でもって牢番を買収し、死刑囚の刑務所を早々に脱獄。 悶々としながらも、秘密の隠れ家に潜伏を続けていた。

すぐに、流れが変わった。

かねてから手先を介して泳がせていた赤ランジェリーのバニーガールが、 《水の盾》サフィールの情報を各方面から入手して来た。サフィールの身体特徴と、1日の行動パターンを。 特に、1日の行動パターンが――《風の盾》ユリシーズの庇護下を離れるタイミングが判明したのは、大きい。

サーベルは満を持して、イヌ族とネコ族とウルフ族から成るヒャッハーなコソ泥たち8人を、 『勇者ブランド』魔法道具と大金で釣って、《水の盾》サフィールの拉致誘拐プロジェクトを立案し、実行した。

――それが、かの、運命の日だ。

太陽は、いつものように西の地平線に接触し始めていた。

後宮の都への侵入は、容易だった。しかるべき筋に、『雷神』サーベルにひれ伏す協力者どもが何人も居るのだ。

対モンスター型となっている巨大な軍事施設。総・金剛石(アダマント)造りだ。

――ガランとした、広大な大広間の中――

金剛石(アダマント)の一枚板の真ん中に、紫金(しこん)のウルフ少女『サフィール』が、確かに居た。

若い未婚のウルフ女を見た時のチェック習慣として、 サーベルは、シャンゼリンからコッソリと聞き知っていた《召喚》用の名前、『水のルー』を口にした。

――ウルフ闘獣『水のルー』! そこへ直れ!

紫金(しこん)のサフィールは、反応した。金剛石(アダマント)の一枚板の真ん中で、ギクリと身を強張らせて、直立不動になった。

――やはり、老レオ皇帝の《水の盾》が、シャンゼリンの『闘獣』だったのだ!

最高位の《水の盾》が――『イージス称号』持ちの《盾使い》が――毒ゴキ1匹で、思いのままになる戦闘奴隷!

風のサーベルは、歓喜した。

引き連れて来ていた8人のコソ泥たちに合図して、あらん限りの『勇者ブランド』魔法道具を一斉に起動させた。

サフィールの身に的を絞って、《火矢》、《水砲》、《風刃》、《石礫》を一極集中する。

不意打ちの一撃ゆえ、普通の魔法使いなら、あっと言う間に粉々になって死ぬ。

だが、さすが、《水のイージス》だ。紫金(しこん)のサフィールは、 ギリギリのところで強大な防御魔法を発動し、単身、防ぎ切ってのけた。フラフラしながらも。

サフィールがフラフラした隙を突いて、サーベルは、得意の《風魔法》を発動し、死刑囚の拘束衣をサフィールの身に巻き付け、拘束した。 かねてから準備していた、魔法の拘束具を頭部にハメた。

最後に、後宮ハーレムの都の外に身柄を運び出す際に、腰まである長い髪が邪魔なので、やはり《風魔法》でもって、メチャクチャに髪を切った。

なおかつ、コソ泥の中にウルフ族の男たちも含まれていたので、そのウルフ族の野蛮な男どもが変にサフィールを《宝珠》と認識しないように、 『茜メッシュ』を特に短く切り、更に黒色の染髪スプレーを掛けて、魔法で固定しておいた。

拘束具によって、『完全な人体』と化したサフィール。

そのサフィールから切り離された、まばゆいまでの紫金(しこん)の毛髪は、次々に暗いチャコールグレーに変色した。 何故だ。青いサファイアを連ねた『花巻』を引っこ抜きながらも、サーベルは、一瞬、呆然とした。

その一瞬の、隙。

サフィールが『魔法の杖』を振るった。《防壁》を弾き飛ばし、反撃して来たのだ。サーベルは、大広間の端まで、吹っ飛ばされて行った。

一番端にある金剛石(アダマント)の支柱に頭を打ち付け、サーベルは朦朧としながらも、 再び8人のコソ泥たちに、最大最強の攻撃魔法を発動するよう合図した。 サフィールを、自力では動けなくなるくらいに、消耗させてやるのだ。

ヒャッハーなコソ泥たち8人は、『勇者ブランド』魔法道具を動かして、最大最強レベルの攻撃魔法を放った。

最大レベルの、四大《雷攻撃(エクレール)》――過剰殺戮(オーバーキル)の魔法だ。

それは、超大型モンスター《大魔王》の、超絶的に硬い装甲をすら、 貫通するほどの強度だった。《大魔王》を一撃で粉砕できるレベル、とまでは行かないけれども。

だが、しかしながら――

この最大最強レベルの四大《雷攻撃(エクレール)》は、実にマズい選択であったのだ。

――《火雷》、《風雷》、《水雷》、《地雷》。

金剛石(アダマント)によって構成された、密閉空間でもある広大な大広間。

激烈な四大《雷攻撃(エクレール)》は、サフィールの立てた《防壁》を砕き、大きなダメージを与えながらも、大広間の壁にブチ当たった。

超大型の、しかも最大最強レベルの、四大《雷光》の乱反射が始まった。

恐るべき『雷電地獄』がスタートした。悪夢の始まりだ。

――サーベルも、8人のヒャッハーなコソ泥も、サフィールも、死体すら残さず、蒸発してしまう!

大広間に居合わせた全員の脳みそに、最悪の運命の結末が閃いた一瞬――

サフィールは、金剛石(アダマント)の一枚板が広がる大広間いっぱいに、《メエルシュトレエム》を発動した。

見事なラピスラズリ色の、大渦巻き。その要所、要所で、金と銀のエーテルが、巨大な火柱となって燃え上がっている。

――『雷電地獄』を作り出しつつあった、最大最強レベルの四大《雷攻撃(エクレール)》のエネルギーが、あっと言う間に呑み込まれて行った。 更に、コソ泥たちに持たせていた『勇者ブランド』魔法道具に仕込まれていた魔法エネルギーまでが、巻き上げられて行く。

大広間いっぱいに展開したラピスラズリ色の巨大スパイラルの中で。

最大最強の四大《雷攻撃(エクレール)》は、四色の火花となって飛び散っていった。 四色の火花は、それぞれ、通常のレベルの四大《雷攻撃(エクレール)》シリーズへと後退して行く。

通常の四大《雷攻撃(エクレール)》とは言っても、大広間全体に巻き起こっているのは、まさに全身を揺るがさんばかりの、激しい雷雨の嵐だ。

――《火》の雷光、《風》の強風、《水》の豪雨、《地》の震動――

サフィールの作り出した、ラピスラズリ色の『大渦巻き』は、膨大な数の攻撃魔法の乱反射を、精密に捕らえ続けていた。

――見る見るうちに、四大《雷攻撃(エクレール)》パワーが削れて行った。

その巨大エネルギーは、金銀のエーテルの火柱の燃料となり、壮大に浪費されている。

更に弱体化した四大《雷攻撃(エクレール)》は、通常の攻撃魔法へと、段階的にレベル降下して行った。

――《火矢》、《風刃》、《水砲》、《石礫》。

コソ泥たちは全員、『雷電地獄』から救われた。サーベルも含めて。

風のサーベルは、賢くも、避難するべく全力疾走した――生きて逃走に成功した。

その際に、運悪くも《メエルシュトレエム》に触れたサーベルの左腕の方は、肘(ひじ)の位置まで、スッカリ干からびて取れてしまった。痛みも無く。 体内エーテルを巻き上げられてしまったせいだ。

一方で、ヒャッハーなコソ泥たちは――全員、まばゆい金と銀のエーテルの炎に、 ラピスラズリ色の《メエルシュトレエム》に、魅入られたように眺め続けるばかりだった。

実際、サーベルの目から見ても、それは壮烈なまでに強大な魔法であり、恐ろしくも美しい魔法だったのだ。

コソ泥たちは全員、逃げるのが遅れたため、《メエルシュトレエム》に吸い込まれて行った。何処までも深く澄んだラピスラズリ色に、 金と銀の火柱に、体内エーテルを見る見るうちに巻き上げられて行き、干からびた死体となって行った。

そして、それは計算外のエネルギー量だったらしく、ラピスラズリ色をした魔法の中で、金と銀のエーテルは、暴発した。

左腕を失い、ヒィヒィ言いながらも、地下空間を脱走し続けるサーベル。得体の知れない予感に、背後を振り返る。

後ろから、畏怖すべき巨大な何かが――金と銀をした巨大な地割れと津波が、遥かなる星宿海より来たる敷波が、荒れ狂う永劫が、押し寄せて来る……!

大広間に広がる金剛石(アダマント)の一枚板は、粉みじんとなって吹き飛んだ。

巨大かつ壮麗な軍事施設は、原形を留めぬ瓦礫と化した。一瞬のうちにして。

地上最強の魔法事故――『バースト事故』だ。

*****(8)表と裏の時系列(後)

タテガミの無いレオ族『風のサーベル』の、自慢話と言う名の白状は続いた。

*****

バースト事故の後、レオ帝都は、季節外れの落雷と大雨に見舞われた。雷電シーズンさながらだ。

命からがら、バースト事故の現場から逃げ出していたサーベルは、レオ帝都の中にある隠れ家に潜伏した。 そして、手先のスパイたちを介して、跡形もなく吹き飛んだ軍事施設の調査データを入手し、あさった。

主犯がサーベルだと言う事実は、バレなかった。逃走する時、特に出動の早かったレオ族の戦闘隊士の1人にフード姿をチラリと見られたのだが、 タテガミが『完全刈り込みの刑』で失われていたという事もあって、『種族系統不明の大柄な人物』としか判断されなかったのだ。

――ヒャッハーなコソ泥たち8人の死体は見つかったが、サフィールの死体は、なかなか見つからないと言う。

一方で。

バースト事故の直後から、『サフィール体調不良、長期休養』などと言うメモが回っていた。 サーベルは、その真偽を確かめるべく、方々の暗殺専門の手下に『勇者ブランド』魔法道具を供給した。

方々に放った暗殺専門の手下たちは、『サフィール療養中』と言う情報を逐一トレースして、サフィールが居るとされた、あらゆる場所を襲撃し続けた。 しかし、それでもなお、サフィールの行方は知れなかった。

レオ帝国の第一位《水の盾》サフィール・レヴィア・イージスは、バースト事故で死んだのだろうか?

サーベルは、諦めきれなかった。『水のサフィールは生きている』と言う信念のもとに、必死で脳みそを働かせた。

――そう、確か。

シャンゼリンの《召喚》用の名前に、《水の盾》サフィールは反応していた筈だ。

その瞬間。

ウルフ王国『茜離宮』に居る筈のシャンゼリンが、『闘獣』としての『水のルー』の存在が戻って来た事に気付いたとしても、不思議では無い。

サフィールは、強い魔法使いでもある。しかも『イージス称号』持ち。転移魔法など、お手の物だろう。

かの闇ギルドの悪女――アバズレのシャンゼリンが、奇跡ともいえるタイミングで、『闘獣』サフィールを《召喚》していたのなら……!

その可能性に思い至ったサーベルは、急遽ウルフ王国に入国し、情報収集にいそしんだ。

調査の結果。

その瞬間、血とマネーに飢えていたシャンゼリンは、サーベルの目を盗んで大儲けしようと、サーベルの指示無しに勝手にヴァイロス殿下の暗殺を仕掛けており、 バーサーク化した襲撃者たちを追い立てている真っ最中だったと分かった。しかも、『闘獣』の《召喚》をしていた!

情報収集は、非常に実りのある内容をもたらした。ウルフ王妃の一族が保管している古代宝物の中に、まさに《雷撃扇》を完全にするパーツがあると言う情報も、 サーベルはつかんだのだ。

しかし――肝心の《水の盾》サフィールが何処へ消えたのかは、皆目、分からなかった。

明らかに通名な『水のルー』という名前だけでは、到底、追跡しようが無い。

シャンゼリンは意外な事に、まだ『闘獣のルー』すなわち『水のサフィール』本人を、捕まえられていなかった。

何故なのかは不明だが。

シャンゼリンが、《紐付き金融魔法陣》による呪縛をもってしても、サフィールを捕獲できていないのは、まさに天球の彼方の思し召しに違いない。

何故『水のルー』としてのサフィールが、シャンゼリンの《召喚》に応じないのかは謎だが、恩寵は、サーベルの上にこそ、注いでいる筈だ。

サーベルが、シャンゼリンよりも前に、『闘獣』サフィールを捕獲するのが、正しいのだ。 サーベルなら、『闘獣』にして《水の盾》サフィールを、もっと有効に活用できるのだから。

――サフィールが、全面的な記憶喪失になっていたとは、想定外だった。 正式名すら忘却しているレベルだったとは……まして、肝心の守護魔法すら発動できないタダの一般人、 能無しの重傷患者になっていたとは。

――そして、リオーダンが『サフィール』の存在に薄々気付いていたにも関わらず、これを好機としてサーベルを裏切り、口を噤んでいるとは思わなかった。

かくして窮余の策として、サーベルは、あの毒々しいまでに真っ赤な『花房』付きヘッドドレス型の魔法道具をバラまいたのだ。目印になる事を確信して。

だが、此処でも、計算違いが生じた。

――まさか、早々に、本命が釣れる事になるとは思わなかったのだ。

――なおかつ本人の毛髪が、紫金(しこん)どころか、『炭酸スイカ』カラーリングになるとは、なおさらに予想だにしていなかった。

サーベルが、シャンゼリンの殺害を決めたのは、マーロウ裁判の真っ最中の事だ。

「あのアバズレのシャンゼリンはな、剣技武闘会の後で、急に態度が変わった。元々生意気だったのが、ムカつく位に反抗的になったんだ。 しかも、私がうんざりする程、暇さえあれば『闘獣のルー』を《召喚》しまくっていて、全然、仕事をしない。 ウルフ王妃の一族の保管庫に忍び入って、穴の開いた黒い宝玉の板を盗んでくるという、簡単な用事さえもな」

サーベルは、早々に『役立たずで無能なシャンゼリン』を始末した。 元々、リオーダン殿下との間で、色々とマズい事を知り過ぎたシャンゼリンを殺害処分する事は、話が付いていたのだ。

むしろ、リオーダン殿下の方が、シャンゼリンに対する殺意は凄かった。 知らぬ間に、シャンゼリンにバーサーク襲撃でもって恐喝され、その上に更に、バーサーク毒を盛られていたと言う事が分かったからだ。 飼い犬に手を噛まれたようなものだ。

サーベルが『ウルフ王族の全員にバーサーク毒を盛れ』と命じたから、シャンゼリンは、 リオーダン殿下にも毒を盛って回っていた――というのが真相ではあるのだが。

そんな事は、リオーダン殿下は知らなくて良い事。 むしろ、リオーダン殿下は、その時、ヴァイロス殿下と共に仲良くバーサーク体と化して、末代までの恥と共に死ぬ予定だったのだ。

――もし。シャンゼリンが、『闘獣のルー』を《召喚》する事に執着せず、そのままサッサと逃げ去っていれば。 シャンゼリンには、生き残る可能性があった。シャンゼリンの逃げ足の素早さは、サーベルやリオーダン殿下の腕をさえ、逃れるレベルだったのだから。

――巨大ダニ型モンスターを召喚して、シャンゼリンを、むごたらしく『処刑』した後。

「私は最高級の《変装魔法》道具を使い、変態のウルフ貴公子『水のジョニエル』に変装した。 そして、モンスター襲撃の終結の祝賀会として開催されていた、『茜離宮』の政財界パーティーに潜入した。 ちょうど、変態ジョニエルが、美少年愛に目覚めたとかで、男娼専門の風俗店に入り浸ったままだったんでな」

奇行で知られる変態ジョニエルだっただけに、パーティー会場でウルフ貴公子らしくない振る舞いをしてしまっても、見逃された。

後日、ジョニエルが、自分の属する眷属の主席から叱られただの、小遣いを減らされただの、 哀れっぽく泣き付いて来たが、そんな事、サーベルの知った事では無い。

「変態の貴公子ジョニエルの振りをしてパーティー会場に忍び込み、あの忌々しい『クレド』を探り回っていたら、 都合よく、ウルフ王妃の係累だと言うアバズレ娘『火のアンネリエ』と良い仲らしいと分かった。後は、『火のアンネリエ』に取り入るだけだった」

そこで、『風のサーベル』は、ペッと唾を吐き捨てた。

「あの『クレド』野狼(ヤロウ)、強い守護魔法の付いた品を手に入れるが早いか、自信満々で反抗して来た。こいつは早々に黒焦げにしなきゃ気が済まん。 演技の限りを尽くして、あの『アンネリエ』とか言う、 アバズレ娘を動かした。《火》の女向けの、ちょっとした魔法道具で釣って、《雷撃扇》の最後のパーツを手に入れた」

――あとは、ご存知の通りだ。

「最後の最後まで、忌々しい『クレド』の正体が、リオーダンのチクショウだったとは思わなかったんでな、あのような事になったのは計算外だったが。 天球の彼方の思し召し、すなわち恩寵によって、見事、この至高の天才サーベルは、正確にターゲットの首を取った、と言う訳だ」

タテガミの無いレオ族『風のサーベル』は、そこで、『私は恩寵に恵まれてるんだ』と言わんばかりの、 自画自賛の笑みを浮かべたのだった。

「後は、かの『宝珠メリット』付きの《水のイージス》を、我がハーレムの『奴隷妻』とし、 思いのままに操り、老いぼれのレオ皇帝を、絶望の中で粉々にしてやるのみだ。 次のレオ皇帝は、私の手下が即位する事になっている。所詮、下等で低能な獣人に過ぎない貴様らには、 最高位の貴種レオ族たる私の身柄は、絶対に拘束は出来んのだ」

タテガミの無いレオ族『風のサーベル』は、鎖付きの首輪を揺らして、呵々大笑し続けた。

「このサーベルは、数日後には、このウルフ王国の地下牢をすら釈放されているであろうよ。ウルフ国王からの正式な謝罪と献上品だけで無く、 3人のウルフ王子の生首と、3人の『宝珠メリット』付きのウルフ王女の身柄も、サービスに付けてな。ハハハ……!」

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