深森の帝國§総目次 §物語ノ時空 〉葉守の神

葉守の神――蛇と守護神

はふり等がいはふ三諸の十寸鏡(マスカガミ)かけてぞしのぶ見る人なしに ― 万葉集

玉柏茂りにけりな五月雨に葉もりの神のしめはふるまで ― 新古今和歌集・藤原基俊

柏木に葉守の神のましけるを知らでぞ折りしたたりなさるな ― 大和物語

時しもあれ冬ははもりの神な月まばらになりぬ杜の柏木 ― 新古今和歌集・法眼慶算

試論:ギリシャ神話考/緑のメドゥサ

一般的に知られているギリシャ神話のあらすじを、まず説明します。 星座物語にもなっている英雄ペルセウスの、メドゥサ退治のお話です。

昔、メドゥサという金髪の美しい女神がいて、同じく金髪だった女神アテナと 並べて称賛されていました。 しかし、誇り高い女神であったアテナは、それが面白くなくて、 メドゥサを現在よく知られている、蛇の髪をした怪物のような姿に変えてしまいます。 その姿はとても恐ろしく、その目を見ると、あらゆるものが石になってしまいました。

そして時代が経ち、母親ダナエを救うためにメドゥサ退治をする事になった 英雄ペルセウスがいて、彼は、女神アテナの助けを借りて、メドゥサを退治します。

その後色々あって、メドゥサの首は、アテナの象徴である正義の盾の中心に飾られます。 全能の神ゼウスの盾である――とも言われており、その名は「アイギス」。 英語読みで「イージス」です。

そして現在。――メドゥサの目の威力にあやかって、 目玉を象徴したお守りを身に付けたりする習慣が、ギリシャを含め各地に残っているそうです。 古代は都を守る門の上にメドゥサの首を彫るという習慣もあったそうで、 その遺跡も残っています。(鬼瓦に近い感覚かと思われます)

さすがに古い神話だけあってバージョンが多く、それぞれに異なっていたりするのですが、 基本的な物語の流れは、概ね上のようなものとなっています。

恐ろしい怪物であったメドゥサは、元々は、アテナに匹敵するほどの女神だった―― ここで、神統記(ヘシオドス著)をひもといて、神々の系譜を調べてみます。

メドゥサは、原初の海の神ポントスと大地の女神ガイアの孫娘。 ――あるいは、海洋系の神々ケトとポルキュスの、直接の娘。

アテナの方は、大地の女神ガイアと天空の神クロノスとの孫娘にあたります。 父親が、ご存知、天空系の全能神ゼウス。 アテナは、勉強に関係の深い記憶の女神メティスを母とする――となっていますが、 本当の所は不明で、ゼウスの頭部を「かち割って」直接、分身誕生したという説もあります。

明らかに、アテナは天空に近い神です。改めて神々の系譜や神話での役割の流れを考慮すると、 「文明の守護神アテナ」と理解するのが適当、と判断されます。

では、メドゥサは何者なのか。海と大地から生まれた女神とは?

ここで、ペルセウスの母ダナエを考えてみると、 ストーリーでは、黄金の雨(ゼウスの変形)を受けて、ペルセウスを身ごもっています。 わざわざ「黄金の雨」と形容するには何か意味があるのか――

――当時のギリシャは、農業文明(小麦栽培)の発展が著しいときでした。 故に、このようにも考えられるのではないでしょうか。ダナエは小麦の種を受け取った、と。 ――つまり、ダナエは農業発展…農地拡張のための投資の、象徴です。

ダナエを守るために、殺されるメドゥサ。 アテナの助力を得て、殺されるメドゥサ――農業発展のために破壊されるもの、 文明のパワーを使って破壊されるもの…

大いなる大地母神の系統――太古の森の守護神にして荒々しき蛇神、緑のメドゥサ。

蛇は一般的に水に関係が深く、龍と同様に水神の系統とされていますが、 樹木の守護の象徴に使われるケース(例:注連縄)もまた、数多くありますので、 森の守護神たるメドゥサの髪が蛇なのも、本当はふさわしいものなのかも知れません。

古代、ギリシャでは文明が発生し、農業が発展し、木々の伐採が広がっていました。 ――そしてギリシャ神話の語られた時代もまた、ほぼ「文明の英雄」の活躍した時代と並行しています。

――英雄は、原初の大森林の闇に棲む太古の神々と戦い、これを征服し、富を得る―― ギリシャの太古の森が消えてゆく過程で、数々のギリシャ英雄神話は発生したとも言えるでしょうか。

日本にも、太古の森の守護神――といってよい、古い神が居ます。

柏(かしわ)の木に宿ると云われている、姿の見えない、由来も分からない「葉守の神」。 そして、遠く、かつてのギリシャでも神聖視されたオーク…日本語名、柏(かしわ)。 農業文明以前のギリシャは、オーク樹…ブナ・カシ類の、深い森に覆われていたそうです。

「葉守の神」がいつ日本に定着したのか、それとも元々日本の神なのかは、不明です。

しかし、ギリシャ文明と同じ時期、日本では縄文時代のさなかにあり、 東北ブナ林帯を中心に、蛇の髪をした女神像…ある種、異様な姿をした土偶が作られました。 いつしか、その土偶は姿を消してゆきますが、蛇信仰は日本全国を広く、深く、覆います。

そして、現在に至る――日本には、注連縄(しめなわ) ……太古の森の守護神であるかのように、樹木を守る蛇神の象徴がある――

実際のところ、ある種の土偶群…遮光器土偶は、目の表現に明らかに凄みがあります。 何とは分かりませんが、じっと見ていると、逆にじっと見られているようで、 鳥肌が立ってきたり、身体が震えてきたりした事は、ありませんでしたでしょうか――

――葉守の神、蛇の髪持つ異形の土偶、そして注連縄…幾星霜もの時の影の底に、 遠く、古代ギリシャの森に発した悲劇の女神の物語をも秘めているのかも知れない――

緑のメドゥサ…このささやかなお話が、更なる何らかの考察の種になればとても光栄です。


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