深森の帝國§総目次 §物語ノ本流 〉第二部 第六章(頁.26-27)

第二部 第六章 頁.26-27.大社門前町から宮ノ別荘へ…朝のひととき

頁.1頁.2-3頁.4-5頁.6-7頁.8-9頁.10-11頁.12-13頁.14-15頁.16-17頁.18-19頁.20-21頁.22-23頁.24-25 〉頁.26-27 〉頁.28-29頁.30-31頁.32-33頁.34-35頁.36-37頁.38-39頁.40-41頁.42-43頁.44目次に戻る

辻の曲がり角を示す大木の前で、夕星は暫し立ち止まり、物思いにふけった。 鏡は不思議そうに、「夕星さん?」と呼び掛けた。 夕星は、すぐに気を取り直すと、「何でも無い」と応じた。 「あの頃の出来事を、思い出しただけじゃ…あの常陸の疑獄事件では、実に色々な事があったのでな…」

夕星は何かを振り払うように、再び歩き出した。 「あの常陸の事件の第一原因は、お家騒動…即ち、常陸宮に嫡子が居なかった事じゃ」 ――そこで夕星は、意味深な溜息を付いていた。「私は、その原因に、浅からぬ関係を持っておってな…」

鏡は首を傾げ、「瀬都ちゃんが姫とされない理由と同じ?」と問い掛ける。 それに対して夕星は、「完全に同じ理由では無い」と応じた。「大人の事情が関わるのじゃ」

一方、常陸宮の別荘である――その庭園には、奇怪な品々が意味を持って配置されていた。 そしてその巨大な置物のうちの一つ――21世紀のエジプト通なら、トト神の像と見当を付けるであろう――、 その像に空けられた目に当たる空洞部分から、ニュッと一対の望遠鏡が突き出した。 常陸宮と無欲庵が、ユーモアたっぷりに、その物見高さを発揮していたのである。

常陸宮と無欲庵は、ノゾキに一区切りつけると、巨大な置物の仕掛け蓋を開き、 掛けられた梯子を使って、年齢に似合わぬ軽快さで降りて来た。早速、「やはり夕星御前は、 以前より、かたくなな所が取れてますねえ」などと感想を述べる無欲庵である。

先に降りていた常陸宮は、マジメな顔つきで望遠鏡を抱え直し、「私も実は意外だった」と返した。

無欲庵は意味深にうなづいた。 「今は亡き奥方さまは、さながら『源氏物語』の女三宮でしたからねえ」

そして、夕星御前の実母を知る2人は、各々、暫しの間、物思いにふけっていた。

――世間の荒波に揉まれた事が全く無い妻だった…まるで、 傷一つ無い水晶の人形の如く、この現世の何ものにも興味を示さなかったが…

あの日、妻は生まれ変わったようだった――常陸宮は、その時の情景を鮮烈に覚えていた。 それは、傍目には、不倫スキャンダルと受け取られる一件であった。 しかし、それが、常陸宮の妻にとっては、恐らくは初めての、"現世との出会い"だったに違いない――

常陸宮は苦笑いをして見せた。 「お互い、若過ぎたんだ…私も妻もな…氷川どのは今でも兄弟の不始末を恥じてるがなあ、 私は気にならん…武士らしく切腹された時は、 そう言う責任の取り方は、誤りだと思ったくらいだ」


§総目次§
物語ノ岸辺物語ノ本流物語ノ時空物語ノ拾遺