深森の帝國§総目次 §物語ノ本流 〉第二部 第六章(頁.4-5)

第二部 第六章 頁.4-5.別荘の女官…夕星御前

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「言問う…男色好み!」と更に呼ばわる美女である。その面差しは、 その声に相応しいまでの冴え冴えとした美しさを備えていた。笠を薙ぎ払われていたカモさんは、 タジタジとなりながらも「腐女子!」などと応答する。

薙刀を構えていた美女は「良し、合格!」と応じるが早いか、サッと道を開け、 常陸宮の別荘への入り口を示したのであった。 余りの衝撃に硬直していた面々は、「何ですか、それは!」と騒ぐのみであった。

鹿深氏も、完全に気を呑まれたまま、絶句するのみであった。 「相変わらず氷の美女だね、夕星御前は…しかも、あの薙刀の腕前」――カモさんの不意を突く事など、 相当の武術の腕前が無ければ出来る物では無い。

薙刀の美女の正体を同じく承知しているカモさんは、 「また妙な合言葉を設定されたもんだ、ハイタカの反応を後で聞きたいぞ…」と苦笑しながらも、 手際良く旅装を解き始めた。「鹿深どのを毎度、絶句させるのは、彼女くらいかの」などと、 言わずもがなの感想を述べる。

そしてカモさんは、訳が分からぬ若者たちに向き直ると、 謎の美女を指し示し、「紹介しとこう、彼女は夕星だ…常陸宮の亡き奥方の血縁…」と端的な紹介をしたのであった。

カモさんは、ふと気が付いたように美女に向き直ると、「常陸宮の女官を務めているのかの?」と確かめた。 夕星は「そういう事で構わぬ、カモ殿」と意味深に応じた。「氷川の伯父の依頼によって、お付きの女官を兼ねて、 常陸宮の警護中なのじゃ」

鏡は、その奇妙な申し合わせの様子に気付き、怪訝に思うのみであった。 亡き奥方の血縁――にも関わらず、使用人の一人である、女官。 もしかしたら、夕星御前も、曖昧な立場なのだろうか?瀬都のように――

やがて、客室の一つに落ち着いたカモさん一行である。 カモさんは、やれやれと言ったように、「常陸宮が上京されとったとは知らなんだよ」と夕星に語り掛けた。 夕星はうなづき、「5月の末、朝ノ君が常陸宮に緊急の文をお送りされたのじゃ」と説明を始めた。

夕星は、「流星群の出現が理由であろうな」と私見を述べた。 常陸宮は、当時は常陸国に居たのだが、あの夜の見事な流星群は、常陸国でも目撃されていたのである。 夕星は、どう説明したものかと考えながらも、 「伏見を経由して、受け取ったのは6月の半ば頃であったのじゃが」と続けた。

「カモ殿は錯乱して、自分の死亡報告書を方々に出しまくり、 伊勢でも暇つぶしに数々の妖異事件を起こして回られたという内容の故、常陸宮は取り急ぎ、上京されたのじゃ」 ――簡潔な説明ではあったが、このように言われたカモさんとしては、改めて苦笑いする他無い。

丸頭氏は、開いた口が塞がらぬと言った顔である。再び、驚きの余りポカンとした面々――鹿深氏は、やがて首を振り振り、 「散々な書かれ様だねえ…、死亡報告書の件じゃ、えらく恨まれてるな」と突っ込んだのであった。

夕星は暫し沈黙していたが、再びカモさんに向き直ると、「瀬都は、息災か?」と尋ねて来た。 「うむ、意外にな…有り難い事に」と応じるカモさんである。

そしてカモさんは、「おお、そうだ…」と、ふと気付いたように顎に手を当て、 思案顔で夕星を見やった。「瀬都は年内に上京するんだ…またお守りを頼めるかのう、 夕星どのには良くなついておるしな」

夕星は、「承知じゃ」と応じて、其処で初めて笑みを浮かべた――微かな笑みではあったが、 氷の仮面がフッと解け去ったような柔らかな笑みであった。 「大きくなったであろうな、私も会うのが楽しみじゃ」


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